Hillockのカナダ便り Vol.1( 2001/10 )

Lac Opemiska
安田裕子カナダだより
安田です。2001年1月にカナダモントリオール郊外にあるフランス人のコミュニティー、モンセンチレアに引っ越しました。4月になってもまだ雪が残っていましたが夏が過ぎ9月になるとこの町ではリンゴが取れるので、家具やさんなどこの町のお店に入ると箱にたくさんりんごが盛ってあります。お客さんはりんごをかじりながら品物をさがしています。若い人はバスの中や道を歩きながらりんごをかじっています。りんごは皮をむいて食べるイメージからかじるりんごに変わってしまった。
10月にはいるとハロウィンでいたるところにかぼちゃが積んであります。芝生の緑といい色合いの風景を作っています。

9月にモントリオールからくるまで9時間ほど北へ上がったところにあるLac Opemiskaオピミスカ湖へ行ってきました。2週間湖畔に滞在しましたが、たった一日だけ美しい夢のような朝焼けを見ました。湖面から煙りが立ち上るように靄が向こう岸の山のふもとへ広がっていきます。朝の太陽の色が雲を染め、ピンク色の雲が靄のかかった湖面に映り別世界のようでした。夕方は太陽が黄金に輝きはじめ、だんだん沈んでいくと真っ黒な空に真っ赤な火が燃えるように写ります。
シャペイとシブガムの二つの小さな町にオピミスカ湖はまたがっています。
気温が20度に達すると小さなハエがたくさん飛び交う。人を見つけると待ってましたとばかりに寄ってくるので顔の周りをぶんぶんされるとうるさくて手で払いのけたくなる。髪の毛の中まで進入しかねない勢い。たくさん群がるのでそのあたり一体黒くなる。これは土地の面積より数ある湖が広い面積を占めているからだ。どれだけたくさんの湖と沼があるか頭に浮かぶ。
9月に入るとすぐに寒くなる。京都の初冬か晩秋のような10℃〜15℃の日が続くとここの人はとてもいい気候で大好きだと喜ぶ(もちろん気持ちがいいがハエが寄ってこないから)。
しかしちょっと家の外へでるのもコートを羽織らないとすぐに体の芯から冷えてくる。
すぐ近くの町シャペイは人口1000人余りで銀行と郵便局一軒、小さなコンビニが二つ、ガソリンスタンドが二件、ちょっとしたスーパーマーケットが一軒ととても小さく何にもない町。数年前までは金鉱として栄えた町だが今はその金鉱も閉鎖され大草原に変わってしまった。ところがここの人は皆この町が大好きだ。
住めば都というが私も夏は蒸し暑く、冬は底冷えする京都が大好きだった。古くから都として栄え、たくさんのものが人の感性で洗練されて来た。
これとは反対にシャペイには自然の大きさと美しさがある。まるで時間が止まっているようだ。車を運転していても美しい風景を見かけると「おっ!」と車を止めてひと時を過ごしたくなる。ハイ次、ハイ次と追いまわされる生活からは想像がつかない。そんな時間の贅沢をここの人は日常生活でしているのだ。だからカフェで席について待っていてもなかなかウェイターが来てくれない所がある。お客さんはいらないのかな?しかし誰も文句を言わず気長に待っている。

TVでYNの悲劇をいっしょに見ながらシブガムのピアノ教師ユーゲットがこんなことを言った。
「どうして自分が信じる道を他人に押し付けるのだろう。もし賛同したら自然に受け入れるだろうに。人、国はそれぞれの性格特徴があるから、いいと認めても受け入れられないときがある。だからけして自分の道を押し付けるべきでない。お互いに認め合い尊重し合えば、争いは起こらない」と。
とてもいい考えだと思う。これは全てに通じること。音楽もそうだ。自分はこんな演奏をするが人の演奏にも耳を傾けることの大切さを知らねばならない。尊重することを知らねばならない。それを全て自分と同じ様にと思うから無理が生じる。


我が家の裏庭のメープル。一本の木に赤、黄、緑の葉をつけた。去年の冬は雪が長く残りその間に野生のねずみが木の根元の皮をすっかり食べてしまった。表皮がないと木は水を吸い上げることが出来なくて来年は枯れてしまうだろうと言われた。細い枝を使って接木をし、水を少しでも吸い上げられるようにした。来年も同じように葉をつけてくれるように願いつつ。ひどいことをするねずみだな…と悔しかった。しかしその木をかばうようにその周りからたくさんの若木が生まれ始めた。まるで傷ついた樹をかばうように。そしてこの秋、三色の木の葉をまとい美しく装った。自然の力の大きさに感激と驚きを隠せない。

2001年 10月14日

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