"ドラマ演出"日誌(2001年10-12月期)

01/10/01  ハート(5)

脚本:金谷祐子、江口美喜男(5)
演出:柴田岳志(1)(2)(7)(8)(10)、谷口卓敬(3)(4)、新田真三(5)、梛川善郎(6)(9)
音楽:本間勇輔
主題歌:モモノミコト
制作統括:一井久司
関東放送枠:NHK・月曜9:15

第1話が放送されたときに掲示板にも書いたのですが、映像が無意味に凝っているように感じられて、見ていて疲れてしまいました。(-_-;) 柴田岳志さんは1年前の朝ドラ「私の青空」のときも、チーフDで手の込んだ映像を披露していましたが、そのときも“無意味に凝ってる”という印象を受けました。

谷口卓敬さんが演出した3〜4話では、陣内孝則のギャグ〜芝居に演出の比重をシフトしているようでしたが、第5話では再びシリアス路線に……。ところが、これが意外に琴線に触れる出来栄えでした。(^^) 演出だけではなく、脚本も替わったことが大きいのかもしれません。

サブタイトルが「ガラスの家族」であったので、つい「金八5」の兼末家を連想してしまうのですが、ドラマの方は「金八」みたいな激情的な展開とは正反対で、静かなトーンで統一されていました。本間勇輔さんの音楽も、メランコリック〜アンビエント風の曲を中心に選曲されていたし、お芝居の演出もセリフの余韻を大切にしているような感じでした。音楽的なセンスの良さでドラマ全体がパッケージされていた45分間という印象です。

脚本の江口美喜男さんは、初めて見る名前で、どういう人なのかまったく知りません。新田真三さんは、「歌恋温泉へようこそ」(01/03/03)で、松岡孝治さんと連名で演出にクレジットされていた人です。「歌恋温泉」は音楽ドラマでしたが、新田さんは音楽に強い演出家なんだろうか――という疑問がわいてきます。(^o^)


01/10/04  世にも奇妙な物語'01秋の特別編

◆ボクが好きだったのは、土方政人さんが演出した「ドラマティックシンドローム」です。鈴木雅之さんでおなじみのスタイルなんですが、優香の表情が面白かったです。(^^ゞ

◆カット編集の完成度が高かったのが西谷弘さんの「奇跡の人」。観月ありさの表情にも重たい色気(?)があって良かったです。ただ、物語にはまったく興味が持てませんでした。(^^ゞ

落合正幸さんの「あばあちゃん」は、落合さんらしい叙情感があって好きだったんですが、最後のオチがちょっとショックです。(T_T)

星護さんの「仇討ちショー」は、同時多発テロ問題に合わせて企画されたのでしょうか。ただ、作品としてはやや新味に欠けるような気がしました。

中嶋哲也さんの「ママ、新発売」は、映像も台詞回しもうるさくて、見ていて疲れました。ギャグもあんまり笑えませんでした。まあ、疲れる原因はヤクルトとか番組編成にもあるので、ドラマだけの問題じゃないんですが……。(^^ゞ ただ、アニメと実写の境界線を取り払う実験という意味では、刺激的な作品だと思います。


01/10/05  ドラマSP・TEAM

脚本:君塚良一
演出:河野圭太

ちゃんと比較したワケじゃないのですが、連ドラ時よりも、カメラワークやカット割りがスタイリッシュになっているように感じます。望遠レンズとか広角レンズを使った映像をギミック的に挿入するセンスなども、演出業界(?)の最新流行を取り入れているような感じがします。

個々のエピソードが平板なのは相変わらずですが、今回は、多くのエピソードを詰め込むことによって、この問題を回避しているようにも思えました。ちなみに、放送当日の朝日新聞のTV欄には、ボクとは正反対の番組評が載っていて、「あと1時間ほしかった」なんて書いてありました。(^^ゞ

――それにしても、リュウタロウは都市伝説だったとか、解離性健忘症でイジメの過去を忘れてたとかいうエピソードは、“トンデモ心理学本”みたいですね。ただし、忌まわしい自分の過去を忘れてしまうというのは、フィクションの世界では大昔からあるパターンだと思います。このドラマの場合、リアリティを重視した社会派ドラマのように見えるから、うさん臭く感じるわけです。(^^ゞ

立花隆は「科学の最先端はオカルトだ」と言っていますが、ジャーナリズムの最先端(流行)にも似たような傾向があると思います。君塚良一さんは、ジャーナリスティックな社会派ネタを積極的に取り入れる脚本家ですが、「TEAM」のようにシリアスな作風だと、違和感を感じてしまいます。「冬彦さん」や「踊る」や「ラブコン」みたいに、コミカルにデフォルメされている場合は楽しめるのですが……。(^^ゞ


01/10/06  料理少年Kタロー(1)

脚本:輿水泰弘(1)(2)(5)、砂本量(3)(4)(6)
演出:大橋守(1)(2)(3)(4)、柳川強(5)(6)
音楽:ゲイリー芦屋
制作統括:金井勉
原作:令丈ヒロ子「料理少年」
制作:NHK大阪

ゲイリー芦屋の音楽がムチャクチャ渋いです。(^o^) 60〜70年代前半にかけてのモンド〜ラウンジ系の音楽がメインなんですが、次週予告の時にかかっている水木一郎の「熱くるしいぜ」など、レトロ感覚がぎっしり詰まっている30分です。とはいえ、料理のシーンではドラムンベース系の音楽と、スローモーション〜スローシャッター系の映像が、カッコ良くシンクロしていて、レトロ趣味オンリーではないこともわかります。(^^ゞ

基本的なスタッフ構成は1年前に放送された「浪花少年探偵団」と同じで、ドラマの印象もほぼ同じです。「浪花」の場合、中盤以降に面白いエピソードがいくつかあったので、このドラマもしばらくは様子見です。


01/10/06-07  反乱のボヤージュ(前)(後)

脚本:野沢尚
演出:若松節朗
制作:テレビ朝日、共同テレビ
関東放送枠:テレ朝・土曜9〜11時、日曜9〜11時半

まだ、ちゃんと見ていません。部分的に見た印象では、美術とか撮影にえらい手間を掛けているなと思います。それだけでもビデオ保存しておく価値はありそうだし、渡哲也と岡田准一もいい雰囲気です。それにしても、1ヶ月半の間に渡哲也の大型単発ドラマが3本というのはスゴイですね。ただし、ストーリーにはあまり期待していません。(^_-)


01/10/07  ガッコの先生(1)

脚本:小松江里子
演出:今井夏木(1)(2)(6)(7)(11)、平野俊一(3)(4)(8)(9)、梶原紀尚(5)(10)
音楽:武部聡志
主題歌:KinKi Kids「Hey! みんな元気かい?」
プロデュース:伊藤一尋
演出補:関本浩秀、山室大輔
プロデューサー補:室谷拡
ステディカム:千葉真一
関東放送枠:TBS・日曜9時

ステディカムを使った接写系の映像をアクセント的に使うのは最近のハヤリなんですが、「ズッコケ三人組3」の完成度に比べると、物足りなく感じてしまいます。(^^ゞ

チャイルドローンのエピソードも、どこかピントはずれな印象しか残りませんでした。そもそも、相手の返済能力も考えないでお金を貸すなんて、貸し金業の基本がわかってないです。「親がサラ金業をやっているなら、担保や連帯保証人くらいはつけろよ!」なんて毒づきたくなってしまいました。あの少年がおかれた状態というのは、不良債権を抱えた銀行と同じなんですが、そういう視点が一切欠如しているところが気持ち悪いワケです。(-_-;)

ドラマ内では、貸し手の少年が威張っていましたが、現実は逆だと思います。ボクの場合、知人に2万円を貸して踏み倒されたことがありますが、そのときの経験からいっても、借り手が開き直ってしまったら、貸し手はどうにもならないものです。(T_T) だから、松崎駿司も土下座なんてしないで、「ボク自己破産するもんね〜」などと開き直ってくれた方が、ドラマ的にも面白くなったと思います。(^^ゞ

――個人的には、一番インパクトを感じたのはKinKi Kidsの主題歌。で、2番目にインパクトがあったのが劇中に挿入される坂本九のカバー。(笑)


01/10/08  こちら第三社会部(1)

脚本:今井詔二(1)(7)、吉田弥生(4)(6)、大久保昌一良(5)(8)、いずみ玲(9)
演出:中村金太(1)(2)(5)(6)(10)(11)、清弘誠(3)(4)、黒沢淳(7)(8)(9)
プロデューサー:森下和清
演出補:八木一介
プロデューサー補:木戸田康秀
制作:テレパック、TBS
関東放送枠:TBS・月曜8時

(データのみ)


01/10/08  本家のヨメ(1)

脚本:中谷まゆみ
演出:藤井裕也(1)(2)(10)、国本雅広(3)(4)(9)、岡本浩一(5)
音楽:中村竜哉
プロデュース:藤井裕也、国本雅広、諏訪道彦、次屋尚
演出補:白川士
演出助手:本多繁勝
スケジュール:宮崎暁夫
プロデュース補:前西和成、上田菜生
制作協力:MMJ
制作:読売テレビ
関東放送枠:日テレ・月曜10時

(データのみ)


01/10/09  さよなら、小津先生(1)

企画:石原隆、鈴木吉弘
脚本:君塚良一
演出:平野眞(1)、河野圭太
音楽:大島ミチル
タイトルバック:岩下みどり、宮腰万葉(ケネックジャパン)
助監督:北川学
スケジュール:桐ヶ谷嘉久
プロデューサー補:八巻薫
制作:フジテレビ、共同テレビ
関東放送枠:フジ・火曜9時

う〜ん……、見る前は「それが答えだ!」みたいなブライトな世界を期待していたのですが、フタを開けてみたら「TEAM」みたいな暗い映像で、お芝居のトーンもやたらと重たいです。哀愁の田村正和といえば「協奏曲」を連想しますが、このドラマの場合「協奏曲」のような情感があまり感じられません。物語自体は悪くないと思うのですが……。

コミカルな部分とシリアスな部分のバランスが悪いというか何というか、ボクにはしっくりこない演出でした。シリアスなシーンでは、カメラワークに落ち着きがなくて、グッとくるものが少ないし、ユースケ・サンタマリアのギャグは浮いていました。田村正和が泣くシーンは2分強の長回しで、それなりに感動的なんですが、カメラワークはあれで良いのだろうか……なんて、見ていて疑問を感じる場面が多かったです。(^^ゞ 俳優とカメラの間に見えない壁があるような、もどかしさを感じます。

平野眞さんは「ショムニ」「お水の花道」など、コメディ系の演出で才能を開花させた人ですが、今回のようなシリアス系の演出経験はあまり多くないのかもしれません。平野さんがセカンドDを務めた「OUT」や、チーフDの「ブランド」はコメディじゃなかったですが、「小津先生」みたいな哀愁〜感動系のドラマではなかったし……。

仮説を一つ考えて見ました。当初はコミカルなテイストで第1話の準備が進んでいたが、田村正和(?)の提案でシリアスな要素が急増してしまったため、演出プランが追いつかなかった――と。あんまりマジメに読まないでね。(^^;)

次週予告を見た感じでは、画面の色調など、全体的に明るい感じに変化しているみたいだったので、来週に期待することにします。――「FLY」で活躍した忍成修吾の出番が、期待したほど多くなかったのも、ちょっと不満かも。(^^ゞ

【追記】
タイトルバックのクレジットは、第1話のときは“岩下みどり”となっていたのですが、第2話では“宮腰万葉”になっていました。タイトルバック自体は同じものだったので、第1話の表示が間違っていたのだと思われます。そこで、データも“宮腰万葉”に直しておきました。

【追記2】
タイトルバックのクレジットですが、第3話では再び岩下みどりさんになっていました。よくわからないので2人の名前を併記しておくことにします。(^^ゞ


01/10/09  傷だらけのラブソング(1)

脚本:尾崎将也
演出:二宮浩行(1)(2)(5)(8)、今井和久(3)(4)(7)(10)(11)、三宅喜重(6)(9)
音楽:寺嶋民哉
プロデュース:三宅喜重、東城祐司、伊藤達哉
助監督:坂本栄隆
スケジュール:坂梨公紀
プロデューサー補:浅井千瑞
タイトルバック:岩下みどり(ケネックジャパン)
制作:関西テレビ、MMJ
関東放送枠:フジ・火曜10時

二宮浩行さんがチーフで連ドラを演出するのは今回が初めてのハズです。ストーリー、キャラ設定などには、あまり新味の感じられないドラマですが、ドラマの雰囲気自体はそんなに嫌じゃありません。(^^ゞ

高橋克典、加藤あい、川島なお美、金子賢らの演技を見ていると、彼らの過去の出演作を連想してしまうことが多いのですが、おいしいところを選りすぐって流用している――という感じがします。あと、矢沢心とか塚本高史など、脇役のキャスティングにも同じようなセンスの良さを感じます。別の言い方をするなら、俳優の持ち味を大切にしていると言えるのかもしれません。まあ、大切にしすぎて新味がなくなっちゃったとも言えますが……。(^_^;)


01/10/09  ルージュ(6)[終]

脚本:田渕久美子
演出:新城毅彦(1)(2)(4)(6)、南雲聖一(3)(5)
音楽:村山達哉
制作統括:小松隆一、一井久司
プロデュース:椿宜和
原作:柳美里
共同制作:NHKエンタープライズ21、トスカドメイン
制作:NHK
関東放送枠:NHK・火曜11時

今井絵理子のキャラだけなら「L×I×V×E」の続編みたいな感じがします。(^_^;) 特に第1話におけるスッピンの表情が印象的で、個人的にはそれだけでも十分に満足だったりします。それにしても、新城毅彦さんって、この手の少女モノの演出が上手いですね。つくづく、感じ入ってしまいました。(笑)

参考までに、新城さんの演出作品を挙げてみると……、深田恭子の「イマジン」、平山綾の「君ならできる」(単発)、坂井真紀の「てっぺん」、ともさかりえの「ブッチギリ女消防士!火消し屋小町」(単発)、奥菜恵の「ふたり」、菅野美穂の「君の手がささやいている」(単発×3)など。また、サブDとしては、「イグアナの娘」「ボーイハント」「東京大学物語」「輝く季節の中で」なども演出しています。

SPEEDの中では、上原多香子もドラマに数多く出演していますが、ボクは今井絵理子の方が断然良いと思います。演技力という面では大差ないのかもしれませんが、今井絵理子の場合、表情に健康的な力強さがあって、それがドラマを引っ張っていくような華になっていると思います。今回のスッピン美少女(?)という設定も、今井絵理子のためにあるような設定でしょう?(^_^;)

南雲聖一さんが演出した3・5話では、視聴者の気を持たせるようなアイデアがたくさんあって、可笑しかったです。「誰が歩いてくるんだろう?……化粧後の今井絵理子だ!」――みたいなヤツ。(^_-)


01/10/10  水曜日の情事(1)

脚本:野沢尚
演出:永山耕三(1)(2)(5)(6)、西浦正記(3)(4)(7)(8)、成田岳(9)
音楽:Knife
プロデュース:永山耕三、喜多麗子、平賀公泰
演出補:成田岳
プロデュース補:秋山八重子
関東放送枠:フジ・水曜9時

このドラマの基本的なスタイルは「渡る世間」と同じ会話劇だと言えそうです。セリフ量が多くて、俳優の台詞回しがハキハキしてて、物語もテンポ良く展開していきます。ラジオドラマみたいに耳で聞くだけで十分に楽しめるところなんかも「渡る世間」と同じです。だからなのか、月曜の「アンティーク」や火曜の「小津先生」の後に見ると、その分かりやすさにホッとしてしまいます。(^^ゞ

野沢脚本の心理描写も、人間ドラマ的な深みを追求するのではなくて、あくまでも心理ゲーム的なレベルにとどまっているので、嫌みなく見ることができます。(^_-)

気分的には、リタイアしたいドラマなんですが、セカンドDに西浦正記さんの名前があるので、もうしばらく我慢してみることにします。「ムコ殿」だって、西浦さんの担当回は緊張感が違ってましたから……ネ。(^^ゞ


01/10/10  レッツ・ゴー!永田町(1)

脚本:伴一彦
演出:岩本仁志(1)(2)(3)(6)(10)、長沼誠(4)(5)(7)(9)、佐藤東弥(8)
音楽:椎名KAY太
プロデューサー:水田伸生、荻野哲弘、小池唯一
協力プロデューサー:赤羽根敏男
演出補:村田淳志
AP:佐藤禎剛
制作協力:泉放送制作
関東放送枠:日テレ・火曜10時

初回視聴率が12.6%で、第2話が8.6%だとか。ご自身のサイトで嘆いている伴一彦さんが痛々しいです。物語に限っていえば、よくできていると思うし、それなりにリアリティも感じます。巨悪が政治を牛耳っているのではなくて、たくさんの善意と悪意が複雑に入り交じって現実政治が動いていく――という世界観に魅力を感じました。にもかかわらず、視聴率が伸びないというのは、キャスティングが良くないのでしょうか?

ボクが思い出すのは、Jリーグが開幕した年にJリーグ関連のドラマがたくさん作られて全部コケてしまったことです。現実が面白いときに、それフィクション化しても現実には勝てないということなんでしょうか。というか、このドラマを面白がるような人たちは、この時間帯にドラマを見る習慣がないような気もします。やっぱ、夜10時は「ニュースステーション」ですよね。(^^ゞ

なお、ソックリさんがいっぱい出てくるところ以外で、演出面で印象に残る部分もあまりありません。


01/10/11  恋人はスナイパー

脚本:君塚良一
演出:羽住英一郎
音楽:松本晃彦
プロデューサー:佐々木基
協力プロデューサー:谷古浩子
ラインプロデューサー:古郡真也
アシスタント・プロデューサー:渡辺美郁
アソシエイト・プロデューサー:永利宜久
技術プロデューサー:佐々木俊幸、佐々木宜明
アクション監督:高橋伸稔
助監督:近藤一彦
ステディカム:佐光朗
関東放送枠:テレ朝・木曜8〜10時

(データのみ)


01/10/11  3年B組金八先生(1)

原作・脚本:小山内美江子
演出:福澤克雄(1)(3)、生野慈朗(2)、三城真一、加藤新
プロデューサー:柳井満
音楽:城之内ミサ
演出補:酒井聖博、高津泰行、佐藤敦司、新井順子
プロデューサー補:せんのともつぐ、椋尾由希子
編成:那須田淳
主題歌:『まっすぐの唄』海援隊
制作:TBS
関東放送枠:TBS・木曜9時

 第2次「金八」ブームが到来か!?

ビデオリサーチのホームページを見たら、視聴率13.2%なんて書いてあって大ショック! ……よ〜く確かめてみたら、10月1日の再放送の数字でした。(笑) ちなみにその日に再放送されたのは「ガラスの少年(3)(4)」です。

再放送で13%も取るとか、わずか1年半のインターバルで新シリーズ登場とか……、第2次「金八」ブームといってもいい盛り上がりです。21世紀に「金八」が流行るなんて、5〜10年前に予想できた人はいないでしょう。(^o^)

――ところで、総論的なことは前シリーズの時に書いたので、ここではくりかえしません。未読の方は、1999年10月の日誌も合わせてお読みいただけると助かります。m(__)m

 福澤演出の「金八5〜6」は原点回帰

今回のパート6はパート5の成功を受けて企画されたわけですから、内容もパート5をパワーアップしたものになるハズです。そこで、「金八5」の特徴を確認しておくことにします。「金八5」の特徴は、主に以下の2点にまとめられると思います。

 (1) ドラマ性(ドラマチックな要素=ドラマティックス)を復活させること
 (2) アクション映画〜ハードボイルド風の演出を施すこと

――です。「金八5」の日誌の時点では、ハードボイルドという用語は使っていないと思いますが、その後、福澤克雄さんが演出した作品を見れば、福澤さんのハードボイルド志向が「金八5」の頃から始まっていると、よく分かってもらえると思います。しかし、注意してほしいのは1番目の方です。

「金八5」でのドラマ性(ドラマティックス)は新要素ではなくて、旧要素の復活だということです。つまり、「金八1」や「2」にあったドラマ性が、ドキュメンタリー的な要素を導入した「3」や「4」で失われたのに対して、「5」は、失われたドラマ性を復活させて、視聴率的にも成功した――ということです。福澤Dが「5」を担当するにあたって、小山内美江子さんに「2」のような“熱い金八”をリクエストした、というのは有名な話ですが、言い換えれば、福澤Dは「金八」が失った初期衝動(?)を再興させたと言えるワケです。70年代末におけるパンクロックみたいなものですね。

ネット上で、今回の第1話の感想を読んでみましたが、「レイプシーンが過激すぎる」とか「非現実的だ」という発言がかなり多く見られました。気持ちは分からなくもないのですが、こういう意見をいう人たちの多くは、「1」や「2」の時も、同様の批判が噴出した事実を忘れています(当時を知らない若人は除く)。そもそも、中学生の妊娠出産を教師が応援するとか、校長を拉致して放送室に立てこもる……なんてストーリーは、当時の感覚でも今の感覚でも非現実的です。「金八」は最初っから非現実的なんです。1979〜80年当時、「金八1〜2」に感動した人たちの多くは、リアルな学校描写に感動したわけじゃないハズです。

ボクの中学時代の教師の一人は、授業中に「金八先生は現実を無視してる」などと批判していましたが、あの当時、もっとも「金八」を批判をしたのは現場の教師でした。「金八」が現場の教師からも評価されるようになったのは「3」以降です。だから、今回の「6」にしても、原点回帰志向がより強まったと考えるべきでしょう。――こうしたことは、当時の新聞・週刊誌などを見れば確認できることですが……、そこまでやる余裕はないので、ここではボクの記憶で書いてます。(^^ゞ 違ってたら指摘してください。m(__)m

 意外とオシャレな回想シーン

ボクの場合、以上のような観点から今回の第1話を見たので、そんなに意外性は感じませんでした。福澤Dは前クールの「世界で一番熱い夏」で、ハードテイストな演出を試みていたので、個人的には「金八」にもハードなテイストを期待してたんですが、予想していたよりもソフトな演出が多かったです。(^^ゞ

圧巻だったのは、中盤に登場した回想シーンですが、ボクが連想したのは、アクション映画ではなくて「沙粧妙子・最後の事件」(95年)でした。野菊(?)のアップを挿入するセンスなどは、アクション〜ハードボイルド風の演出とは微妙に異質で、オシャレ〜スタイリッシュなセンスを感じました。(^^ゞ ナイフで刺された少年が背中から川に落下する映像なんかも、「沙粧妙子」(演出:河毛俊作)とか「眠れる森」「危険な関係」(演出:中江功)に通じるテイストです。雨が落下する様子を真上から撮るショット(カメラの脇から雨が落ちていく)は、「眠れる森」第1話にも出てきました。

 暗い画面に漂う福澤Dの映像美

第1話で印象に残ったシーンを2つほど挙げておきます。一つは、鶴本直(上戸彩)が初登場する土手のシーン。シルエットもカッコ良かったですが、細かく編集された効果音の使い方も渋かったです。光を当てない真っ暗な顔のアップは、こちらのイマジネーションを刺激してきます。個人的には、暗い映像というのは好きではないのですが、福澤さんだけは別ですね。「世界で一番熱い夏」の時もそうでしたが、画面が暗くてもお芝居のニュアンスとか演出意図がちゃんと伝わってきます。そういう意味では、きちんとコントロールされた暗さなんだと言えます。

2番目に挙げるシーンも真っ暗な表情アップです。金八が安井医師(柴俊夫)から幸作(佐野泰臣)がガンだと知らされた直後の、ローアングルからの横顔アップです。顔はほとんど真っ黒なんですが、微妙に浮かび上がる顔の輪郭など、金八のショックの大きさを上手く映像化していました。同時に、音声スタッフの小技も効いていて、安井医師の言葉が耳に入らないという感覚も良く出ていたと思います。「小津先生」の第1話も暗めのシーンが多かったのですが、「金八」と比べるとその差は歴然としていると思います。

他にも、自転車の転倒シーンとか、今井儀(斉藤祥太)と鶴本直(上戸彩)の対決シーンなど、見どころは多かったんですが省略します。――でも、もう一点だけ、どうしても指摘しておきたいことを思い出したので、付け加えることにします。

入院中の幸作が、金八と話しながら眠っちゃうシーンと、金八が乙女(星野真里)にコンドームの一件を話すシーンです。どちらもBGMはシリアス調なのですが、お芝居にはコミカルなテイストが併存していました。しかし、それが不自然かというと、そうでもなくて、泣き笑いというか、悲喜劇(トラジコメディ)というか、味わい深いシーンに仕上がっていました。深刻なときに可笑しい振る舞いをしてしまうというのは、現実世界ではよくあることだったりします。ボクは、葬式や病院で家族が取り乱しているところを見たことが何回かありますが、結構バカなことをやってますよ、人間は。(笑) 「金八」にリアリティがあるとしたら、物語や設定ではなく、こうした微細な演出センスにあるのかもしれません。

 最大の変化は音楽

今回の「金八6」で、もっとも変化を感じたのは、映像ではなくて音楽です。ドラマの冒頭、海援隊の主題歌にバグパイプが使われているのにビックリしたのですが、ドラマ本編の音楽でもアイリッシュトラッド風の曲が流れていたので、さらにビックリです。今回の音楽は“アイリッシュ風味”で統一されているのだろうか――なんて勘ぐってしまいました。もちろん、そんなことはないですが、でも、音楽の雰囲気が大きく変わったのは確かです。

一言で言うと、オーケストラを基調とした荘重な楽曲が激増していて、件の回想シーンのBGMも重厚な曲調でした。福澤Dは前シリーズで讃美歌の「アメージング・グレース」を使用していましたが、今回の音楽もそれに近い志向性を感じます。教会音楽っぽい神聖な感覚と言えばいいのでしょうか。「世界で一番熱い夏」の音楽にも通じる、60〜70年代テイストも感じます。

【追記】
特に注目したいのは、回想シーンで少年がナイフで指される場面の効果音です。オーケストラ系の生楽器で“キュイ〜〜ン”という効果音が流れていましたが、こういうのを聞いて、60年代後半〜70年代前半の「ウルトラマン」シリーズなどを連想するのはボクだけでしょうか? 70年代後半以降になると効果音にシンセサイザーを使うのがあたりまえになってしまうため、生楽器系の効果音に出会うことはめったになくなりました。こういうところにも、福澤Dの60〜70年代趣味が強く感じ取れます。(^o^)


 健次郎のキャラを3人に分割?

各生徒のキャラクターについて書いていくとキリがないので、別の機会に譲りますが、オーディションや役作りに時間とお金をタップリ掛けている、というのがよく分かる完成度でした。新人ばかりの学園ドラマの第1話で、このクオリティを実現するのは、通常の制作体制では不可能に近いんじゃないかと想像します。

ちなみに、今回初対面の生徒役の中で、ボクが一番気にいったのは、遅刻常習犯の信太宏文(辻本祐樹)です。声が異常なくらいハイトーンで、アニメのキャラみたいです。(^^ゞ 彼の座席は“不良席”と呼ばれる伝統ある座席なのですが、不良キャラじゃないのにその席に抜擢されるというのは、それだけスタッフの期待と信頼が高いということなんでしょう。鶴本直(上戸彩)や成迫政則(東新良和)のことは、また後日に書くことにしますが、上戸彩には結構メロメロになってます! (^_^;)

前シリーズでは、兼末健次郎(風間俊介)にネタが集中しすぎてしまって、他の生徒がかすんでしまったのですが、今回はそうした反省(?)も踏まえたのか、兼末健次郎キャラを3人に分割したという感じです。悪(毒)の部分を今井儀(斉藤祥太)に、哀愁の部分を成迫政則(東新良和)に、クールな風貌の部分および謎めいた部分を鶴本直(上戸彩)に、それぞれ割り振ったというワケです。(^^ゞ ちなみに前シリーズでは、黒幕モードの兼末を描いた前半部は視聴率が伸び悩んで、哀愁モードに切り替わった後半に視聴率が伸びたという結果が出ているので、成迫政則(東新良和)が演じる哀愁キャラは、視聴率対策という側面もあるのかもしれません。(^^ゞ

 演出スタッフの顔ぶれなど、他

第1話を見た時点では、女子生徒よりも男子生徒の方に印象的なキャラが多いように感じますが、これは前シリーズと同じ傾向です。まあ、金八先生というのは、男子生徒を扱うのが得意なキャラであるんですが、福澤Dの演出も男子生徒向きなのかもしれません。ただし、今回は生野慈朗さんも全面参加するみたいなので、要注意です。

予定されている演出スタッフ4人の顔ぶれですが、三城真一さんと加藤新さんは、あまり演出経験のない人なので、実質的には福澤&生野の両巨頭が交互に演出すると考えていいみたいです。福澤Dが男子生徒担当で、生野Dが女子生徒担当……な〜んていう感じもします。生野さんの女子演出の上手さは、この日誌でも何回か書いています。(笑)

最後に、公式サイトのインタビューで武田鉄矢が面白いことを言っていたので紹介しておきます。武田さんは第1話の脚本を読んで「ジェットコースターみたいだ」と言ったそうですが、福澤さんは「1話目がおとなしい位で、回数が進むにつれて凄まじいストーリーが展開しますよ」と答えたそうです。(^^ゞ ボクは最近、ジェットコースタードラマを再評価していたところなので、これを読んでワクワクしてきちゃいました。「金八」にドラマツルギーが戻ってきた……という感じがして、嬉しいです。


01/10/11  スタアの恋(1)

脚本:中園ミホ
演出:鈴木雅之(1)(2)(5)(9)(11)、村上正典(3)(4)(6)(8)(10)、徳市敏之(7)
音楽:服部隆之
主題歌:globe「Stop! In The Name of Love」
企画:石原隆
プロデュース:岩田祐二、牧野正
スケジュール:徳市敏之
演出補:長瀬国博
プロデューサー補:渡辺直美
制作:フジテレビ、共同テレビ
関東放送枠:フジ・木曜10時

この秋は、コメディよりもセンチメンタルなドラマを見たい気分なんですが、どういうワケか、このドラマにセンチメンタルな要素を感じてしまいました。(^o^) 服部隆之さんの音楽も一因なのかもしれませんが、地味で慎ましい草なぎ剛を見ていると、シミジミしちゃうんですよね〜。(^_-) で、藤原紀香の方も、バカっぽい表情の裏側に空虚な空間が広がっていそうな気がして……。こんな風に感じてしまうのはボクだけですか?(笑)


01/10/12  嫉妬の香り(1)

企画:辻仁成、LVMH
脚本:吉田玲子(1)(2)(5)、後藤法子(3)(4)
監督:佐藤嗣麻子(1)(2)(5)、塚本連平(3)(4)
チーフプロデューサー:梅澤道彦
プロデューサー:横地郁英(テレ朝)、遠田孝一(MMJ)
助監督:日比野朗
プロデュース補:梶山貴弘(テレ朝)、平田尚泰
制作:テレビ朝日、MMJ
関東放送枠:テレ朝・金曜11:09

(データのみ)


01/10/13  土曜特集・長良川巡礼

脚本:大森寿美男
演出:小松隆
制作統括:大加章雅
音楽:松任谷正隆
撮影:石川一彦
制作:NHK名古屋
関東放送枠:NHK・土曜7:30〜8:40

 救いはないけど、この秋のベストワン!

この秋に見た単発ドラマの中ではこれがベストなんですが、なぜだか日誌に取り上げ損ねてしまいました。(12/12現在)

脚本の大森寿美男さんは、「泥棒家族」や「トトの世界」でおなじみの脚本家ですが、「死者の気持ちを知ることはできない」とか「過去をやり直すことはできない」といった、あたりまえの事実をきっちり押さえた、辛口の作品に仕上がっていました。ドラマの世界では、あたりまえの事実を御都合主義的に捻じ曲げてしまうケースが多くて、よくあるのは、死んだ後にベッドの下から遺書が出てくるというパターンです。(^_^;) 「長良川巡礼」では、そうした甘口の展開にしなかったところに好感を持ちました。

そのせいで、救いのない結末になっているのですが、若い世代に教訓を託すというところで、なんとかバランスをとっていると言えるのかもしれません。ただし、ボク自身は別の見方をしていて、救いのない物語を情感豊かな映像と音楽で包み込むというのが、このドラマのコンセプトだったんじゃないかと思っています。

 坂井真紀が色っぽい?――石川一彦さんのセンス

特にすばらしかったのが、撮影の石川一彦さんで、オープニングからエンディングまでの70分間に、隙のない映像がギッシリ詰まっていました。藤村志保が折り鶴と戯れている屋内シーンも幻想的で良かったし、ロードムービー風の屋外シーンにおける手持ち撮影っぽいカメラワークも絶品でした。特にラストの海岸のシーンなどは、カッコいい構図と味のある表情がバンバン出てきて、頭がクラクラしてしまいまいた。また、坂井真紀が妙に色っぽいというのもこのドラマの特徴で、表情にしても、身体のラインにしても、ていねいな演出の痕跡を感じます。

演出の小松隆さんは、今年の1〜3月に「幻のペンフレンド2001」を演出していた人で、来年の1〜3月も少年ドラマを手がけるみたいです。その「まぼペン」で、例外的に映像がカッコよかった第11話(演出は中島由貴さん)を撮影していたのが石川一彦さんです。ファンタジックな映像だけでなく、ドキュメンタリー風のロケ映像にも個性を発揮するカメラマンだと思います。最近では「中学生日記・私が生まれた理由」(01/10/28参照・演出:佐々木正之)で撮影を担当していて、そこでも情感のある映像をモノにしていました。(^^) 制作統括の大加章雅さんは「なごや千客万来」「まぼペン」「至上の愛」などを手がけています。たぶん、3人ともNHK名古屋の所属ではないかと思われます。(^^)


01/10/16  トトの世界〜最後の野生児(1)

脚本:大森寿美男
演出:笠浦友愛(1)(2)(5)、磯智明(3)(4)
音楽:オノ・セイゲン(小野誠彦)
制作統括:菅野高至、一井久司
撮影:藤田浩久
原作:さそうあきら「トトの世界」
共同制作:NHKエンタープライズ21
関東放送枠:NHK・火曜11時(2001年2〜3月にBSで放送済み)

大人向けの甘口オカルトみたいなストーリーには、何の興味もわきませんが、映像作品としては見ごたえがありました。多くの場面が手持ち撮影〜変則アングル系の映像なんですが、抑えるところはしっかり抑えているからなのか、ゴチャゴチャしすきないで、統一感のある世界に仕上がっていました。こうした手持ち系のカメラワークは、他のドラマでも見かけることが多くなりましたが、笠浦友愛さんの場合、何年もこの路線を追求しているので、一味も二味も違います。

まあ、逆にいえば、カメラワークという点ではあんまりビックリしなかったんですが、今回はロケーションやカラー処理などが、これまでの作品の中でも一番派手なので、そこにインパクトを感じる人も多いみたいです。あと、市川実和子と喜瀬健の顔つきにも妙なインパクトを感じます。(^_-) 少年役の喜瀬健は「ぼくらの勇気・未満都市」のときの松本潤に、心持ち似ているかも。

オノ・セイゲン(小野誠彦)といえば、同じ笠浦Dの「熱の島で・ヒートアイランド東京」(脚本:井上由美子)や、関テレ「砂の上の恋人たち」(脚本:伴一彦、演出:藤田明二)などを手がけていました。ドラマの仕事はあまり多くないように思いますが、映像ときれいにハマると良いですね。

最後に余談。(^^) 野生児といえば、インドで発見された狼少女のアマラとカマラが有名で、かつては教科書などにも書いてあったのですが、群馬大学助教授の山口陽弘氏によれば、「現在のまともな心理学者で、この有名な話を真実と見ている人はまずいない」そうです。(^_^;) そういえば、アメリカだかどこかの主婦が、電子レンジで猫を乾かそうとしたという話も、出所不明のガセネタらしいですね。(^^)


01/10/18  3年B組金八先生(2)

演出:福澤克雄(1)(3)、生野慈朗(2)、三城真一(4)、加藤新(5)

 生野演出のキーワードは“情感”

波乱に満ちた第1話とは打って変わって、穏やかな情感が漂う第2話でした。福澤克雄さんが男らしい演出なら、生野慈朗さんは女らしい演出と言えるのかもしれません。でも、そんなことを書いてると「私はグレーな演出があってもいいと思います!」なんて抗議が来そうなので止めときます。(^_-)

とはいっても、第2話における生野演出は“情感”の一言に尽きると思います。第1話に比べると地味に見えるかもしれませんが、重要なセリフの前後に、気合いの入ったショットがド〜〜ンと入ってくるところなど、スキのないカット割り〜シーン構成が印象に残りました。具体的にいくつか挙げてみます。

ます、冒頭近くに登場した金八と幸作の病室シーン。このシーンは窓方向からのハイアングルのショットが多くて、ちょっと緊張感に欠けるように感じていたのですが、幸作の最後のセリフ「病院を追い出されたら家に帰る」のところで、廊下方向・ローアングル・逆光系の横顔アップがド〜ンと入ってきました。(^o^) このショットのインパクトを高めるために、廊下方向からのローアングルを避けていたわけです。よ〜く見直して見ると、このシーンのカメラ位置は、廊下方向から始まって窓方向に移動して、最後にまた廊下方向のショットに戻るという構成なんですけどね。

 食べる+沈黙=エロス

次はネットでも評判がいい土手のシーンです。鶴本直(上戸彩)と信太宏文(辻本祐樹)がタコ焼きを食べる、あのシーンです。(^^) カット割りの流れを大雑把に説明すると、2人が顔を合わせる場面は、望遠系のアップを多用した心理描写重視のカット割りです。望遠系のアップが心理描写に適していることは以前の日誌に書いた通りです(01/04/14「 ズッコケ三人組3」)。そして、2人が土手に座ってタコ焼きを食べる場面以降は、標準〜広角系のショットで“2人がいる空間”を強調していました。

このシーンで特に印象的だったのはBGMがスタートするタイミングです。2人がタコ焼きを食べる場面で会話が中断するわけですが、まさにこのタイミングで音楽がスタートします。つまり、生野さんは、どのセリフよりも2人でタコ焼きを食べる瞬間の沈黙に、このシーンのハイライト(=エロス)を見出したわけです。ちなみに、信太が鶴本直にタコ焼きの容器を捨てておくように言うセリフがありましたが、あれは台本に書いてあったセリフなんでしょうか。こういう些細なところにもエロスが漂っていたと思います。

このシーンは上戸彩の台詞回しも、第1話より女っぽい(グレー?)感じになっていて、「野郎っていうのは……」と言い返す場面での表情なども、第1話よりもソフトな感じでエロチックです。「野郎」って言われたのが嬉しかったんでしょうか?(笑) ちなみに、このシーンの後に出てきたシャワーのシーンは、エロチックというよりもエッチという感じでしたね。さすが、生野D!(^o^)

ところで、上戸彩がドラマでこういうボーイッシュなキャラクターを演じるのは初めてだと思いますが、ドラマでなければ前例があります。彼女は今年、甲子園のイメージガールか何かでポスターに登場していたのですが、そのポスターの内容がボーイッシュだったりします。通常、この手のポスターは「応援席で応援する少女」になるハズなのですが、今年の上戸彩は、なんとグローブを持ってグランドに立ってました。(笑) 一言で言うなら、応援少女ではなくて野球少女をやってたわけです。で、今回の「金八」も少年路線。――ボーイッシュというのは、本人のキャラに起因すると考えていいのかもしれません。そういえば、番宣で紹介された撮影風景でも、福澤Dとタメっぽい感じでしゃべってました。(笑)

 加藤成亮に見る「金八」演出の実力

不可思議なインパクトで脳裏に残っているのが、長谷川賢(加藤成亮)が教室でいきなり笛を吹くシーン。前後のエピソードとどうつながってくるのか、いまひとつ判然としませんが、そういうことを気にしなければ良いシーンだったと思います。祭り太鼓のリズムと笛のメロディがシンクロしていくところに音楽的な感動があって、岩井俊二のノスタルジー物を見ているような不思議な余韻が残りました。

ところで、加藤成亮(しげあき)はジャニーズの所属で、「怖い日曜日」などのドラマで何回か見ているのですが、印象に残らないのが一番の印象でした。(^_-) ところが、今回は地味ながらも微妙な存在感を発揮していて、ちょっと気になっています。こういうところにも「金八」スタッフのキャラ演出の巧みさを痛感します。それにしても、長谷川賢も鶴本直に気があるのでしょうか。彼のほかにも、信太宏文(辻本祐樹)、今井儀(斉藤祥太)、江藤直美(鈴田林沙)あたりが鶴本直に興味を示しているので、今後の展開が気になるところです。(^^ゞ

 下町情緒漂う映像センス

もう一人のジャニーズ……じゃなくて、もう一人の問題児が成迫政則(東新良和)です。東新良和も加藤成亮と同じく他のドラマで見かけたことがあるのですが、それはおいておいて、今回は第2話の演出に限って書いてみることにします。

成迫政則の幻覚シーンは、下町風の家屋に夕陽がさすところから始まるのですが、その夕陽に下町っぽいホノボノとした情感が漂っていて、幻覚との対比が強烈です。ボクがもっとも情感を感じたのは、その後の父親と姉の幻覚シーン。夜道を歩く2人の横を自転車が通りすぎていくのですが、下町的な情緒が濃厚で、それが返って切なく感じられました。こういう映像センス(絵心)に生野Dの非凡の才能を感じます。エロスだけじゃないですね、生野さんは。(^o^)

金八と政則が夜道を歩いていくシーンでもカット割りが印象的です。「親が子どもにしてやれることには限度がある」というセリフのところで、待ってましたとばかりに政則のアップがド〜〜ン!(^^)

 2度見る価値がある、授業シーン!

しかしもっとスゴイのは最後の授業シーンです。録画している人は、カメラワークとカット割りに注目して見直してみてください。前半の漢字の話をしているシーンでは、政則がフレーム(画面)の中に入ることを入念に避けています。金八の話が一段落したときにアップが1度入りますが、それ以外ではほとんど画面に映っていません。ところが、話題が漢字からことわざに変わると、画面の中にガンガン入ってくるようになります。

今回のことわざの話というのは、金八が政則に向けて発した隠しメッセージみたいなものですが、そのことに政則が気付いて、だんだん表情が変わっていく様子をカメラがしっかり押さえていました。「大きな志を持っていれば、小さな侮辱は気にならない」という言葉に反応する政則の表情も良かったし、最後に挿入されたアップなどは、今までにない強い表情になっていました。この感動を強調するために、前半のカメラワークが政則を排除していたのでしょう。(^^)

それにしても……。言いたいことがあるのなら直接本人に言えばいいものを、わざわざ授業を通じてこっそり気付かせるとは……。良く言えばエロチック、悪く言えば姑息な教育術ですね〜。エロスというのは間接的な感情表現から生まれるということがよ〜くわかってます。(^^) 坂本金八は、パート5のときに携帯電話を使って兼末健次郎(風間俊介)の心を開きましたが、それ以来、男心をつかむのが上手くなったのでしょうか。(^_-) ただし、女子生徒の家の前から電話なんかしたら、セクハラ教師になっちゃうので気を付けてください。(^^)

 信太宏文に関する一抹の不安、他

次週予告を見た感じでは、遅刻常習犯の信太宏文(辻本祐樹)のエピソードが大きく転回しそうな雰囲気ですが、ちょっと残念な気がしているのはボクだけでしょうか。 彼は第1話の時点で金八に「僕の悩みに気がついて!」光線を発していました。ガード下で金八と出くわすシーンでも暗い表情を見せていたし、金八に話題を振られて「何でそこでオレの名前が出るの〜」とおどけるラストシーンでも一瞬シリアスな表情を見せていました。

彼の場合、笑顔の合間に見せるシリアスな表情に味があったので、ボクとしては2つの表情の対比を今後もたっぷり見せてほしかったのですが、下手すると来週で解決しちゃうかもしれません。できればもう少し引っ張った方が得策だと思うんですけど、どうなんでしょうか? 信太の悩みを視聴者にだけ明かしてドラマ内では誰も気がつかない。それを見た視聴者がヤキモキして視聴率アップ――という作戦だと思っていたのですが、なんかちょっと心配です。(^^ゞ

この他にも気になる生徒はいっぱいいて、いちいち書いている余裕がないのですが、ちょっとだけ……。女子学級委員の青沼美保(本仮屋ユイカ)は見るからにオジサン受けしそうなキャラなので、大っぴらに好きとは書きたくないのですが(笑)、それでもやっぱりカワイイです。公式サイトのアンケート(インタビュー?)では、実生活ではクラスを黙らせることができるが3Bでは無理だ――なんて言ってます。(~_~) また、男子学級委員の小堀健介(コボ・佐藤貴広)も、お腹から空気が抜けているような声質が魅力的だし、鶴本直を見つめる江藤直美(鈴田林沙)にはレズっぽい雰囲気があるし、山越崇行(チュー・中尾明慶)は本当にネズミ顔だし……。(^^ゞ

ところで、鶴本直に関しては、性同一性障害だという憶測がネット上にはびこっているようですが、本当のところはどうなんでしょうか。身体に触れられることを極度に嫌いことや、ロングスカートのことにしても、性同一性障害だけでは説明しきれないような気がするんですが……。ただ、男心をつかむのが上手い金八としては、鶴本直が性同一性障害の方がやりやすいのかもしれません。(^^ゞ


01/10/19  恋を何年休んでいますか(1)

脚本:吉田紀子
演出:清弘誠(1)(2)(5)、片山修(3)(4)(7)(8)
プロデュース:八木康夫
音楽:千住明
主題歌:小柳ゆき
演出補:佐々木雅之
プロデューサー補:壁谷悌之
関東放送枠:TBS・金曜10時

(データのみ)


01/10/20  歓迎!ダンジキ御一行様(1)

脚本:大良美波子、輿水泰弘
演出:猪俣隆一(1)(3)(6)(8)、大谷太郎(2)(4)、片岡K(5)、若松央樹(7)
監修:寺田敏雄
プロデューサー:西憲彦、北島和久、大塚泰之
音楽:大森俊之
主題歌:矢井田瞳「Buzzstyle」
助監督:山下学美
アシスタント・プロデューサー:渡部智明、岡口真人
関東放送枠:日テレ・土曜9時

(データのみ)


01/10/25  3年B組金八先生(3)

演出:福澤克雄(1)(3)、生野慈朗(2)、三城真一(4)、加藤新(5)

 福澤流モンタージュ?

まだ第3話だというのに最終回みたいな盛り上げ方をしてますね。今回のクライマックスは、幸作への病名告知と、雨の中をさまよう信太(辻本祐樹)を同時並行で描いたシーンです。福澤克雄さんは第1話のときも同じようなことをやっていました。あの時は、金八への病名告知と政則(東新良和)の回想を連続的に描くことによって、抒情詩的な時間の流れを作り出していました。

複数のエピソードのクライマックスを同時並行的に見せるというのは、福澤さんが得意とする手法で、前シリーズの「ガラスの少年(3)」では、健次郎(風間俊介)をオンブするシーンと、兄の雄一郎(須藤公一)が逮捕されるシーンを同時に見せていました(00/03/09参照)。あの2つのシーンを同時に流すのは、時系列的には不自然なんですが……。(^^ゞ

「フードファイト」の対決シーンでも、同じような手法が使われています(01/04/01参照)。ひょっとしたら、こうした手法はエイゼンシュタインの“モンタージュ理論”の発展型(?)といえるのかもしれません。モンタージュ理論に関しては、00/04/13の「太陽は沈まない」の日誌を参照してください。ただ、モンタージュ理論というのは、概念に不明瞭な点が多いので、ボクもちゃんと理解しているとはいえません。一つのシーン内のカットを複雑に組み合わせる場合と、複数のシーンを同時並行的に見せる場合とが、ごっちゃになっているような気がします。

モンタージュといえば、ジュリア先生がトニー・ブラクストンの「Unbreak My Heart」をアカペラで歌ってるシーンも、それっぽい感じでした。福澤Dというと、体育会系のハードな演出をする人というイメージが強いのですが、ここでは、しっとり系のモンタージュがカッコよく決まっていました。(^^ゞ

 陳腐な物語を感動的に見せる演出力

信太のシーンに話を戻すと、金八の家に行ったら不在だったというエピソードは、「金八」を社会派ドラマとして見るのなら、問題の本質とは何の関係もないオマケみたいなエピソードです。というか、信太の家庭環境自体がかなり陳腐なエピソードなんで、信太というキャラクターに社会派ドラマとしての価値は、多分ないです。(^^ゞ 陳腐という点では、酒井美紀が仕事でホストクラブに行ったら長瀬智也とバッタリ――というのと大差ありません。(笑)

でも、こういう陳腐なエピソードを、演技と演出の迫力で感動的に見せてしまうところが、福澤Dの凄さであり、福澤版「金八」の面白さなんだと思います。特に、今回のパート6は劇中音楽が重厚なので、ドラマチックなシーンが多くなりそうです。(^^ゞ

幸作に告知するシーンは、幸作のアップをメインにカット割りが組まれていました。金八や乙女はマスクをしているので、アップで撮っても迫力が出ないという事情もあるのでしょう。ただし、シリアスな幸作を撮るというのもパート6の課題なのかもしれません。(^^ゞ

 情報密度が高い乱闘シーン

この他で印象に残ったのは教室内での乱闘(?)シーンでしょうか。今井儀(斉藤祥太)が成迫政則(東新良和)にちょっかいを出す → 長谷川賢(加藤成亮)と青沼美保(本仮屋ユイカ)が止めに入る → 鶴本直(上戸彩)が儀を足で踏みつける――という一連のシーンです。このシーンはカット割りの完成度が高くて、登場人物の微妙な心理を短い時間の中で余すところなく描いていました。大量の情報を手際よく&カッコよく処理した高密度なカット割りだといえるでしょう。(^o^)

最大の見せ場は、直と賢のアイ・コンタクトなんですが、それ以外でも見どころは多かったです。「転校生が来てからおかしくなった」と言うときの青沼美保の表情とか、目玉をひんむいている儀の表情とか……。直の後を追いかけていく江藤直美 (鈴田林沙)の嬉しそうな表情など、オシャレなカット割りの中に、必要なお芝居がしっかり組み込まれているところもさすがで、建築工学的な緻密な構成力が感じられます。なお、「転校生が来て面白くなった」という賢のセリフには、裏があるんだかないんだかよくわかりませんが、視聴者の視点を代弁しているようにも見えます。(^^ゞ

 熱血教師からエロスがわかる教師に

福澤Dといえば、刑事ドラマ〜アクション映画風の演出ですが、ラストに出てきた土手の上を歩く信太のスローモーションは、それっぽい感じで、「Gメン75」とかを連想しちゃいました。(^^ゞ その後の教室のシーンも感動的な仕上がりでしたが、注目しておきたいのは、信太の涙に気がついたときの金八の対応です。

金八は信太を廊下の外に連れ出しました。おそらく昔の金八だったら、クラス全員の前で「どうしたんだ」と問いただして、信太の悩みをクラス全体の問題として扱ったんじゃないでしょうか。しかし、そうしなかったところに新しい金八の姿を見る思いがします。現在の金八は、かつての熱血教師ではなく、生徒と一対一で向き合う、エロスがわかる教師に変化(成長?)しているのです。(笑)

――そのおかげで、信太の悩みが持ち越しになったワケだから、金八はドラマツルギーがわかる教師でもあるワケです。先週の日誌では、信太の悩みがクラス全体に露呈することを危惧していたのですが、杞憂に終わりました。(^^ゞ

ところで、「金八」関連のネットでは、すでに信太人気が炸裂しています。(^^) 一般的に言って、信太みたいな強力キャラを生み出したドラマは、視聴率的に成功することが多いです。「アンティーク」の好視聴率なども、藤木直人のキャラに追うところが大きいのではないでしょうか。この第3話は16.4%と、やや伸び悩んでいますが、20%を越えるのは時間の問題だと思います。――ボクの予言は当たらないことが多いですけど。(^^ゞ (ちなみに第4話は17.7%でした)


01/10/26  白線流し・旅立ちの詩

脚本:信本敬子
演出:高橋正秀
音楽:岩代太郎
企画:山田良明、横山隆晴
プロデュース:本間欧彦
協力プロデュース:関本広文、成田一樹
演出補:久保田哲史
スケジュール:森本和史
演出助手:葉山浩樹
プロデュース補:加藤早苗
関東放送枠:フジ・金曜9時「金曜エンタテイメント」

1週間前に放送された番宣を見て、ボクの中でちょっとした“白線ブーム”が再燃していたのですが、最初の30分くらいですっかり醒めてしまいました。(>_<) 陳腐なストーリーと、説教臭いナレーションと、色気のない演技/演出だけが印象に残りました。連ドラ放送時も後半は不満タラタラだったし、その後のSP版2作もそんなに好きだったワケじゃないのですが、今回はそれらを遥かに下回る出来でした。

とはいっても、このSPの悪口を書いてもあまり生産的ではないので、1週間で終わったボクの“白線ブーム”の間に考えたことを書いてみることにします。「L×I×V×E」を見た後に「白線」のことを考えるのは、今回が初めてだったので……。(^^ゞ

 信本ワールドの重層性

「白線流し」と「L×I×V×E」は共に信本敬子さんの脚本ですが、そこに共通した世界観みたいなものがあることに気がつきました。まず自分が生活している世界があって、その外側に自分の知らない世界があるという感覚です。たとえば、酒井美紀や今井絵理子にとって、長瀬智也や新垣仁絵は異界の住人です。物語の舞台は松本や横須賀といった地方都市ですが、主人公たちは外の世界をたえず意識しています。今井絵理子だったら、父親のいるアメリカとか。また、子どもの世界とは別に大人の世界が存在することも並行的に描かれています。平泉成の溶接工場とか両親の離婚など。

「白線」が秀逸だったのは、全日制の世界と定時制に世界をパラレルワールドのように描いていたところです。同じ教室で同じ机を使っている、もう一つの世界の住人たち――という設定は、SF的な設定を一切必要としない、唯一実在可能なパラレルワールドでしょう。(^^ゞ 逆にいうと、パラレルワールドを扱った安っぽいSF物に欠けているのは、「白線」的な世界観だといえます。

要するに、信本さんが描く世界には均質的でない重層的な広がりがあり、それが他の平凡な青春ドラマとの違いになっているというワケです。「白線」や「L×I×V×E」に漂っていた叙情性も、こうした重層的な世界観の上でのみ成立可能だったのでしょう。自分の生活の外側に未知の世界があるという感覚がロマンとエロスを生み出すのです。今回のSPでは、そうした重層的な要素は皆無に近くて、日本という均質的な空間の中で行ったり来たりしている――という感じがしました。長瀬智也が定時制や溶接工場の人間関係を清算してしまった時点で、このドラマは終わってしまったのかもしれません。


01/10/27  至上の恋〜愛は海を越えて

脚本:田中晶子
演出:西谷真一
制作統括:大加章雅
撮影:藤田浩久
出演:豊川悦司、ユン・ソナ、橋爪功etc
共同制作:NHKエンタープライズ21
関東放送枠:NHK・PM7:30「土曜特集」

何がやりたいのかよく分からないドラマだったんですが、最後の10分を見て、古典的なメロドラマをやりたかったんだ、ということが分かりました。(^^ゞ 演出の西谷真一さんは、「オアシス」「夫についての情報」「藤沢周平の人情しぐれ町」「蜜蜂の休暇」などで意欲的な演出をしていた映像派の人ですが、個人的にはいまひとつピンとこない人だったりします。(^^ゞ

このドラマはステディ系の長回し映像が中心で、シーン全体が1カットで構成されているケースが多かったです。しかし、カメラマンのセンスがいいからなのか、あまりしつこい感じはしませんでした。撮影の藤田浩久さんはNHKのドラマでよく見かける名前で、「トトの世界」も手がけています。

藤田浩久さんの名前で検索してみました。それによると、「NHKスペシャル 空白の自伝 藤田嗣治」の撮影で、1999年度の“日本テレビ技術賞”を受賞されているようです。“日本テレビ技術賞”というのが何なのかよく知りませんが、日テレとは関係ないみたいです。(^^ゞ

【追記】
ところで、ラストに出てきた「この世界は美しい」という決め台詞を聞いて、苦笑してしまった「仮面ライダー・アギト」ファンはいませんか? 日誌には書いていないですけど、ボクが今年見たドラマの中で、もっとも感銘を受けたセリフは「アギト」第28話(2001/8/12 脚本:小林靖子、演出:佐藤健光)に出てきた次のセリフです。

「世界は美しいだけじゃない!」

ドラマ内では、子ども(三觜要介)に向かってこのセリフが何回も連呼されたのですが、あまりのカッコ良さに頭がクラクラしてしまいました。(^^ゞ どっちのセリフの方が教育的かは、考えるまでもなく明らかです。第28話は番外的なエピソードだったんですが、「アギト」を代表する一作だと思います。小林靖子さんは昨年「未来戦隊タイムレンジャー」で、未来人の視点から現在を見たとき、人間に自由意志は存在するのか――という骨太のテーマを描いていました。そんなこともあったので、今回の「至上の恋」は、タイトル通りの安っぽいファンタジーに見えてしまいます。


01/10/28  中学生日記・私が生まれた理由(後編)

脚本:下川博
演出:佐々木正之
撮影:石川一彦
出演:中俣幸(なかまたゆき)、大久保晋作、岡本富士太、いとうまいこ、近藤芳生、小西博之etc
制作:NHK名古屋
関東放送枠:NHK・日曜8:25

 中学生日記40周年

10月は「中学生日記40周年」がテーマになっているみたいで、興味深い作品が並んでいます。今回のドラマの前の週では、過去の作品の名場面集が放送されていて興味深かったです。その番組によると、40周年というのは「中学生次郎」という番組からカウントした数字で、「中学生日記」というタイトルになったのは70年代後半だったようです。

で、今回、前後編に分けて放送されたのが「私が生まれた理由」で、ストーリーが出色でした。中学生の女の子(中俣幸)が、死んだ父親の過去を探っていくと、昔「中学生日記」に出演していたことがわかり、さらに調べていくと母親も出演していたことがわかる――というミステリー風のストーリー展開。回想映像の中には、当時の映像も使われていて、奇妙なリアリティ(バーチャル・リアリティ?)を作り出していました。

見てない人のために具体例をあげると、父親と同期の出演者だった(という設定の)近藤芳生が当時を振り返るシーンで、彼の「中学生日記」出演時の映像が流される――といった具合です。この他にも、岡本富士太やいとうまいこが、ゲスト的に出演していました。NHKの職員役で登場した大久保晋作さんは、「中学生日記」開始当初から活躍するディレクターです。回想シーンでは、小西博之がディレクター(役名は大西)をやっていました。

 石川一彦さんのカメラワーク

演出面では、名古屋近辺と思われるロケシーンが多かったの印象的でした。特にカメラワークのセンスが良かったので、クレジットをチェックしてみたら、なんと撮影が石川一彦さん。「幻のペンフレンド2001」で、例外的に映像がカッコよかった第11話を撮影していた人です(演出は中島由貴さん)。石川さんは最近では「土曜特集ドラマ・長良川巡礼」(10/13)で撮影を担当していて、そこでも情感のある映像をモノにしていました。(^^)

ちなみに「長良川」の演出は「まぼペン」でチーフDだった小松隆さんです。さらに、どうでもいいことを付け加えると、NHKでドラマの制作統括をしている小松隆志さんと非常に紛らわしいです。(^^ゞ 紛らわしいといえば、演出の佐々木正之さんも同じです。金9の「恋を何年休んでますか」の演出補で佐々木雅之さんという人がいます。たしか「オヤジぃ」で一回演出をしていたような気がします。(~_~;)

「私が…」では、色彩感を抑えた映像だったのですが、重要な場面で色彩感が強くなったりするなど、細かい芸を見せてくれました。父親と母親の回想シーン(海辺のシーン)で、2人に愛が芽生えるところだけ色彩感が強くなっていたので、思わずニヤリとさせられてしまいました。(^^ゞ 他にも、モノクロっぽい映像の中で、折り鶴だけがうっすらとピンクになっていたりして渋かったです。

色彩感以外でも、手持ち撮影っぽいカメラワークや、表情を捕らえるセンスにも味があって、アイドルドラマとしてもクオリティが高かったと思います。「まぼペン」のときも、路上演奏のシーンに独特の情感があったのですが、今回のドラマでも、街中の映像にドキュメンタリー的な情感が感じられました。(^^) ――思うに、ステディカム〜手持ち撮影系の映像というのは、カメラマンのセンスに大きく左右される要素が強いんじゃないでしょうか。

後編の再放送は11月4日にあるハズですが、個人的には親の回想シーンが中心だった後編よりも、娘のエピソードが中心だった前編の方が面白かったです。近いうちに再々放送される可能性が高いと思うので、興味のある人は番組表をこまめにチェックして見てください。(^^)


01/10/29  アンティーク〜西洋骨董洋菓子店(4)

脚本:岡田惠和
演出:本広克行(1)(2)(5)、羽住英一郎(3)(4)
音楽:Mr.Children
プロデュース:高井一郎
演出補:近藤一彦
プロデュース補:斉藤あや
原作:よしなが ふみ「西洋骨董洋菓子店」
関東放送枠:フジ・月曜9時

 間の演出をめぐって

う〜ん……、ボクにはよくわからないドラマですね〜。演出面で冒険しているのはわかるのですが、その冒険が成功しているとは思えなくて……、にもかかわらず視聴率はいいみたいなんで、ますますわからなくなります。(^^ゞ 演出上のポイントは、会話の間が多いこととミスチルの音楽が多いことです。まず前者の話から始めます。

会話の間の処理の仕方はいくつかあると思うのですが、このドラマで特に目立つのは沈黙を異常に強調することです。音楽がピタッと止まって無言ないし無音が10秒以上も続いたりします。音楽だけでなく、ブ〜ンとかザワザワといった生活ノイズ(?)も、沈黙を強調する目的で派手に使われています。生活ノイズなんてものは、本来は視聴者に意識させちゃいけないものなんだと思いますが、ここでは逆をやっているわけです。

これに類似する演出としてボクが連想するのは次の2つです。ひとつは「マツジュン金田一少年」の1〜2話に顕著だった引きの演出で、もうひとつは鈴木雅之さんが得意とする音楽のオンとオフを強調する演出です。前者はシリアス系の演出でこのドラマとは演出意図が違うので、後者と比較してみます。鈴木さんの『HERO』などの場合、リズミカルな音楽がピタッと止まって、笑いを生んだ後、音楽が再スタートします。リズミカルなのは音楽だけじゃなくて、お芝居のトーンや物語の運びもそうです。

ところが、「アンティーク」の場合、物語の展開はかったるいし、お芝居のトーンもどんよりしているから、その上さらに沈黙を強調されるとしつこいです。別に、100%鈴木スタイルにする必要はないと思いますが、せめてお芝居のトーンぐらいはもう少しメリハリが付けられないものでしょうか。滝沢秀明や椎名桔平の演技なども、間を強調することに気を取られすぎて、不完全燃焼しているような印象を受けます。念のために、テレビ雑誌に載ってる岡田惠和さんのインタビューを見てみたら、滝沢秀明のことを「ハネてる役」と書いてありましたが、そんなにハネてるようには見えないんですけど……。(笑)

 本広さんの音響学的なセンス

ミスチルの音楽の使い方は、回によって微妙に違っているように思います。第1話では、さりげなく始まってお芝居の背後でBGMっぽく流れているという感じ。第2話は、インスト部分を細かく切り刻んで映像にはめ込んでいるという感じ。第3話も、インスト部分の使用が多かったのですが、細かく切り刻んでいるという感じはなかったです。で、第4話は、ボーカル部分のオンエアーが増えて、普通のトレンディドラマに近いスタイルになっていたように思います。

本広克行さんの方が、音楽の使い方がマニアックな感じなのに対して、羽住英一郎さんはノーマルな音楽ファンという感じがします。このことは、かなり以前に書いたことがあると思いますが、本広さんという人は音響学的(?)な発想で音楽を使いこなすことのできる、希有な演出家です。

一番印象に残っているのは第2話のクライマックスシーンです。「ボクシングとケーキ屋ではどっちが好きか」と聞かれた後、意味不明の時計音がかなり長く続くのですが、「これじゃサスペンスじゃないか」なんて違和感を感じました。ところが、この後、時計音と同一テンポの音楽が、時計音にオーバーラップするかたちでスタートするワケです。(^^ゞ こういうところに本広さんの音響学的なセンスの良さを感じてゾクゾクしてしまいます。

ボクはミスチルに詳しくないのでハッキリしたことはわかりませんが、このシーンで流れた曲は、たぶん「ボレロ」だと思われます。ポール・マッカートニー趣味丸出しの曲調で、反復するリフの上に重厚なストリングスがからんできます。そしてこの曲をバックに、ボクシングのシーンと「アンティーク」のシーンが交互に映し出され、滝沢秀明の名ゼリフ(?)「ボクシングが続けられるんだったら、何だってするよ」が出てくるわけです。――音楽ビデオみたいに、このシーンだけを何回も繰り返して見るのであれば、名シーンと言えるのだと思います。ただ、ドラマのワンシーンとして見ると、どこか違和感が残ります。上に書いた「サスペンスじゃないか」というものそうだし、このシーンだけ浮いてるような気がするんですよね。(^^ゞ

羽住さんが演出した3〜4話は、本広さんに比べるとノーマルな印象が強いのですが、その方が見やすくていいような気もします。1〜2話からはあまり感じられなかったアイドルドラマ的な色気も、若干感じられるようになりました。第3話ラストでケーキを食べる眞鍋かをりの表情とか、第4話で星を見上げて泣く滝沢秀明とか。――あえて書く必要もないのですが、藤木直人のアヤシイ笑顔は苦手です。(笑)


01/10/30  傷だらけのラブソング(4)

演出:二宮浩行(1)(2)(5)(8)(11)、今井和久(3)(4)(7)(10)、三宅喜重(6)(9)

やはり今井和久さんはスーパーサブでした。(^^ゞ 先週の第3話もそうですが、お芝居・カット割り・音楽など、すべての面において迫力が違います。このドラマの場合、基本的なストーリー設定がB級っぽいのですが、それが逆に今井さんの力量を際立たせているように感じます。たとえば、加藤あいと矢沢心が和解するシーンでも2人の表情が絶妙で、月8で養ったと思われるセンスの良さが全開してます。(^^)

第1話を見たときには、さほどピンとこなかった中島美嘉も、だんだんとコミカルな表情を見せるようになりました。これも今井さんの功績でしょうか。この日の冒頭では、カラオケでいやいや歌うシーンがありましたが、いい味が出ていたと思います。真剣に歌うラストシーンと対になっているのですが、ドラマ的においしかったのは冒頭のカラオケのシーンです。

また、黄昏時の公園のシーンには下山天さんの「金田一少年」を思わせるような叙情性があって、ちょっとうなってしまいました。公園にタムロするエキストラにも雰囲気がありました。また、シーンの途中、中島美嘉が鼻歌で唱歌を歌う場面があって、それがノスタルジックなテイストを加味していました。あの鼻歌は、脚本に書いてあったのでしょうか? いずれにしても、この第4話の演出は完成度が高かったと思います。


01/10/31  ハンドク!!!(4)

脚本:大石静
演出:堤幸彦(1)(2)(5)、金子文紀(3)(4)
プロデュース:植田博樹
音楽:zoё
主題歌:TOKIO「DR」
撮影:唐沢悟、菊地守、斑目重友
演出補:平川雄一朗
プロデューサー補:市山竜次、小林誠一郎
制作協力:オフィスクレッシェンド
関東放送枠:TBS・水曜10時

 ギャグは上等!!!

1〜2話を見たときはそうでもなかったのですが、3〜4話で俄然面白くなってきました。(^^ゞ 演出上の変化を見ると、第1話はギャグ中心の作りで、第2話以降はギャグとシリアスが半々くらいのバランスになっているようです。コメディとシリアスの両立に成功したドラマといえば、最近では「カバチタレ!」が挙げられますが、このドラマの場合、そこまでの完成度には至っていなくて、試行錯誤を重ねているという感じがします。まあ、社会派コメディという点では「カバチタレ!」と共通点が多いのですが、脚本にしてもギャグの芸風にしても、「ハンドク」の方はかなり野郎臭いです。(^^ゞ そういえば、メカみさんがご自身のホームページで、このドラマのことを「少年マガジン」的だと評されていました。

ギャグの部分に関しては、堤ドラマにしてはかなりスッキリしているように思います。「池袋…」とか「ブラックジャック」などと比較してみても、わかりやすくて見やすいです。オープニングが夢で、その後、荒川の出勤シーンに至る流れは「男はつらいよ」を連想させますが、第4話ではオープニングが夢でなくなっちゃいました。(^^ゞ ただ、長瀬智也のバカっぽいキャラは「寅さん」の系譜に属していると見て間違いないでしょう。堤幸彦さんは「ブラックジャック2」で、人情ドラマ的なアプローチに挑戦して、みごとに粉砕してしまいましたが、今回はそのリベンジなのかもしれません。(^^ゞ

堤さんはロケ好きで有名ですが、今回のドラマではセットのシーンが多いことが目に付きます。その意図がどこにあるのかはハッキリしませんが、ギャグのわかりやすさなどは、スタジオ内でのリハーサルの成果なのかも知れません。ネタとかカット編集ではなく、お芝居のクオリティで笑いをとる傾向が強くなっていますが、これに関しては、長瀬智也の功績が大きいのだと思います。長瀬智也がやるから笑える――という場面が多いです。(^^ゞ

 シリアスは中等!!!

しかし、ギャグの部分と比べるとシリアスな部分がイマイチです。第1話に出てきた沢村一樹のトライアルのシーンなんかは、「私の運命」の大石静さんの脚本だとわかっていたら笑えないシーンなんですが、演出はギャグになっていました。「私の運命」は植田博樹さんのプロデュース作でもあるので、「ハンドク」を見るにあたっては絶対に無視できない作品です。そして、2つのドラマを比較すれば、沢村一樹のキャラが「私…」の佐野史郎のリメイクだということがすぐにわかります。にもかかわらず、脚本が持つ「私の運命」テイストが演出に反映されていないので、もったいないと思いました。

ちょっと脱線しますが、トライアルの問題について書いてみます。生身の人間を実験台にするなんてことは、常識的に考えればとんでもない行為なんですが、大石さんは「私…」の末尾で、佐野史郎みたいな医者も必要なんだということを描いていました。医学のような経験科学にとって、実験は必要不可欠なんですが、医学の場合、にもかかわらず人体実験ができない点に根本的な矛盾があります。その結果、あいまいな経験則とか、学界の権威の治療法とかが、無批判のまま現場に持ち込まれて、医療が宗教行為化する傾向が強かったりします。同じようなことは、相対性理論とか量子論にも言えることで、こうした実験できない科学はオカルト化しやすいといえます。医療現場を描いたドラマはたくさんありますが、「私の運命」は、医療の問題がヒューマニズムだけでは解決しないことを描いた唯一のドラマと言えるかもしれません。閑話休題。

第2話以降は、シリアスな描写が増えてきましたが、堤さんが演出した第2話はオーソドックスすぎてイマイチでした。シリアス演出に限っていえば、金子文紀さんが演出した3〜4話の方が完成度が高かったと思います。まあ、第2話の場合は脚本もイマイチだったから、単純に比較はできないんですけど、登場人物の細かな心の動きをていねいにカメラに収めていました。第4話では、オルゴールみたいなBGMが多用されていましたが、これがなかなか効果的で、その曲が流れると、それまでゴチャゴチャしていたお芝居の雰囲気が瞬間的に引き締まります。(^^ゞ

 大石&植田=反道徳コンビ?

3〜4話を見ていると、「ケイゾク」の後味の悪さと「終のすみか」の重さが華麗に融合しているようにも感じられて、ちょっとゾクゾクしました。「ケイゾク」とか「ハンドク」第2話などのときは、むりやり後味を悪くしているように感じられたんですが、3〜4話には、後味の悪さに説得力があるので違和感がありません。答えの出ない問題をちゃんと提示していたと思います。第4話のラストもハッピーエンドじゃないのですが、警察から釈放された二宮和也と彼を迎える長瀬智也の会話にホノボノとした救いがあって、人情ドラマの王道っぽいエンディングになっていました。

よく考えてみると、大石さんと植田Pって、めちゃくちゃ反道徳的な組み合わせですよね。多分この2人は「人の命は地球よりも重い」などとは思ってはいないような気がします。(^^ゞ 「人は自分の意思とは無関係に生まれて、自分の意思に反して死んでいく」というセリフは「私…」にも出てきたセリフですが(東幹久の葬式での段田安則の弔辞)、第4話で沢村一樹に同じセリフを言わせているところを見ると、この2人は長瀬智也よりも沢村一樹の方にシンパシーを感じているのかもしれないです。

この2人に比べたら、堤さんが温厚なヒューマニストに見えちゃいます。(笑) とりあえずは、第5話以降のシリアス演出に期待しましょう。堤さんの場合、「ケイゾク」以降はゴチャゴチャした演出が多いですが、個人的には「ハルモニア」での静寂感が懐かしいです。堂本光一と大坂俊介が病院でオセロをやるシーンとか。(^^ゞ


01/11/01  3年B組金八先生(4)

演出:福澤克雄(1)(3)、生野慈朗(2)、三城真一(4)、加藤新(5)

 演出の三城さんについて

三城真一さんの名前は、過去に何回か見かけたことがあるのですが、演出歴はほとんどないみたいなので、テレビドラマデータベースで調べてみました。演出補として「金八4」(95年)「理想の結婚」「青い鳥」(97年)に参加した後、98年に単発ドラマ「フレッシュドラマ・高校生だったパパへ」と「スウィートシーズン」第9話を演出しています。最近は、「ブラックジャック」シリーズや「白い影」のプロデュース、「世界で一番熱い夏」のプロデュース補などを担当しています。

ちなみに、ボクはこの人の名前を、とりあえず「みしろ」と読んでいます。理由は00/11/24の「真夏のメリークリスマス」の日誌を読んでください。ボクの推理が正しければ、三城さんは脚フェチのはずです。(^^ゞ

 “カレーライス3題”をモチーフにした“朝食5題”

で、三城さんの演出ですが、冒頭の朝食シーンからして気合い120%という感じでした。朝食風景の5連続描写だったんですが、金八→成迫政則→今井儀→鶴本直→信太宏文と、5つの朝食風景を対比させるように見せていました。これは、前シリーズの第18話(00/02/24 演出:今井夏木)に登場した“カレーライス3題”がモチーフになっています。当時、あのシーンが好きだという金八ファンは少なくなかったのですが、三城さんもそんな金八ファンの1人だったのでしょう。(^^)

特にユニークだったのは5つのシーンの切り替え方で、トリック編集的なつなぎ方になっていました。具体的に説明すると……、

(1) 金八の口元のアップと思わせておいて、政則(東新良和)の口元に切り替わる。
(2) 政則の手と思わせておいて、儀(斉藤祥太)の手のアップに切り替わる。
(3) ブチ切れた儀がカッターナイフを手にしたと思わせておいて、直(上戸彩)のバターナイフのアップに切り替わる。
(4) 直の母親が手にしたフライパンだと思わせておいて、信太(辻本祐樹)の父親が手にしたフライパンに切り替わる。

――とまあ、こんな感じでした。三城さんは3年ぶりにドラマ演出にトライするにあたって、気合いを入れてアイデアを練ったんじゃないでしょうか。(^^) 特に印象的だったのは、鶴本直と信太の食べるときの表情。被写体に惚れ込んでいないと、こういう表情は撮れません。(^^)

 カット割りをめぐる問題点

しかし……、面白かったのはそこまで。(^^ゞ この後のシーンは、カット割りがかなりツラかったです。(;_;) カッコよくないだけなら許せるんですけど、わかりづらかったり、意味不明だったりする部分が多すぎます。若い演出家が演出するとカット割りがわかりにくくなるというのは、よくあることなんですが、ビデオで見ていて、何回もテープを巻き戻してしまいました。たとえば、健次郎は、幸作から返事が来ないことを心配して再度メールを入れているのですが、1回見ただけで、そのことを理解できた人は何人いるでしょうか。(^^ゞ

カット割りの問題が、もっとも顕著にあらわれているのは、山田哲郎(太田佑一)と長谷川賢(加藤成亮)が机の上でもみ合うシーンです。BGMに健次郎のテーマ曲が流れてくるので、そのインパクトでなんとか形になっていますが、映像的には迫力不足だったりします。ただし、ボクが問題にしたいのは心理描写の方です。直が賢に手を貸そうとして机の上に乗るのですが、その瞬間の映像が省略(軽視?)されているから、いつの間にか直が机の上に立っているような印象を受けます。直が行動を起こす瞬間というのは、このシーンのハイライトだと思うのですが、どうしてそこを省略してしまったのでしょうか。

転倒シーンでは、スローモーションを使っていましたが、演出方法としてはありがちなアイデアなんであまり感心しません。福澤Dだったらどう処理したでしょうか。痛そうな効果音を入れて、もっとスピード感のあるシーンにしていたような気がします。第3話で、信太がちゃぶ台を引っくり返すシーンみたいな感じです。(^^ゞ

で、転倒した後、直と賢は無言で意思伝達するのですが、その後が意味不明です。このシーンのラストカットは賢の横顔なんですが、その前のカットが政則のアップなので、賢が政則を見つめているように見えてしまいます。普通に考えれば、賢が見つめているのは直(または金八)のハズなんですが、そのへんがハッキリしないカット割りです。この一連のシーンでは、政則のアップが結構多いのですが、その意図もよくわかりません。(^^ゞ

ところで、わかりやすいカット割りというのは、わかりやすい文章と同じような構造になっていると思います。「美しい花子のお姉さん」よりも「花子の美しいお姉さん」の方がわかりやすい――というのと、考え方は同じです。(^^)

また、これはカット割りの問題ではありませんが、このシーンでは教室内が異常に暗かったのが気になります。第1話に日誌にも書きましたが、福澤克雄さんの場合、暗い映像でも絵に説得力があります。しかし、このシーンの映像はよく見えないだけで、それ以上のインパクトが感じられません。このシーンの直のアップと、第1話に出てきた土手のシーンでのアップを比較してみてください。――とはいえ、教室を暗くするという発想自体は悪くないと思います。雨で教室が暗くなっている感じとかは嫌いじゃないし、パート5の「短歌合評会」では、夕陽で教室がオレンジっぽくなっていたような記憶があります。

 その他、無菌室のマスク問題など

このシーンでフラストレーションがたまってしまったのか、この後のシーンでもカット割りが気になってしかたありませんでした。(^^ゞ 賢が金八に忠告するシーンもイマイチ緊張感に欠けているし、その後の教室のシーンでも、誰のどこを撮りたいのかハッキリしないカットが目に付きました。ケントミ(怪物くん・高橋竜大)がミッチー(川嶋義一)に「オカマ!」と言うシーンでは、直のアップがあっても良いような気がしますが……、そこまで言い出すと切りがないので自粛します。m(__)m

ただし、山田哲郎のことは、この第4話でかなり好きになりました。(^^ゞ

後半の病室のシーンは、登場人物が少なかったせいか、カット割りもそんなに気にならなくなりましたが、健次郎が入室するところはなくてもよかったように思います。金八と幸作の会話に集中したいときに、画面の中に余計なものが入ってくると、集中力がそがれます。(^^ゞ とはいえ、このシーンの演出上のポイントは、金八にマスクを取らせたところでしょう。第3話と比較してみてください。マスクの有無が大問題だということがわかります。(^^)

――なお、このシーンの前にはモンタージュ的なカット編集がありました。医者が幸作の妄想について説明するシーンですが、金八と乙女が廊下を歩いている映像など、他のシーンの映像がシャッフルされていました。注目しておきたいのは、医者の声にエコーがかかっていたことでしょうか。(^^)

 「金八」とエロス

ここで話題はガラッと変わります。鶴本直と長谷川賢のサイレント・ラブについてです。第4話を見ていて、初めて気がついたのですが、この2人はまだ一度も口を利いていません。第1話から第4話に至るまで、すべてアイ・コンタクトでコミュニケートしてます。2人の座席は縦隣ですが、目の前にいる2人が言葉を一切使わないで、人知れず愛を育んでいるなんて……、なんかゾクゾクしませんか? (^o^)

今回の「金八」は、第1話からレイプ殺人が出てきたりしてかなりハードなんですが、その一方で、こんなプラトニックな(?)ラブストーリーが進行していたわけです。2人のサイレントな関係はいつまで続くのでしょうか。ワクワクするネタがまた一つ増えました。\(^o^)/

ボクはパート5の最終回の日誌(00/03/30)で、終盤の「金八」がつまらないのはエロスが足りないからだと書いたことがあります。詳しいことは、当時の日誌を見てほしいのですが、そこで言いたかったのは「“一対一”の関係が“一対多”の関係に還元されてしまうと、ドラマからエロスが消えてしまう」ということです。

――ところが、その効果(?)があったからなのか、今回の「金八」にはエロチックな要素が満載です。(^^) 3Bの内部には一対一の人間関係が網の目のように張り巡らされています。直と賢の関係も一対一だし、直と信太の関係も一対一。その直に好意をよせる直美も一対一の関係でしょう(直のことを美しく感じるから直美?)。もちろん金八も、このエロスの網の構成員で、現時点では金八と政則、金八と信太の関係が一対一です。

この他にも、思いつく範囲で挙げてみると……、儀とチュー(中尾明慶)、平八郎(田中琢磨)と儀、笠井美由紀(高松いく)と小林先生(黒川恭佑)、カッシー(佐々木和徳)と本田奈津美(谷口響子)――など、まだ第4話だというのに、もの凄い数です。今後はもっと増えていくことでしょう。福澤Dがインタビューで言っていた「ジェットコースター」というのも、一対一の関係がたくさん出てくる、という意味なんでしょうか。

第4話では、賢が金八に忠告するシーンが一対一でしたが、あの会話を教室内で行うのと、誰もいない廊下で行うのとでは、どっちがエロチックかは明白ですね。(^^ゞ あと、一対一ではありませんが、おでん屋での健次郎のセリフもちょっとエロチック。

 意外に重要? 長谷川賢=加藤成亮

それにしても加藤成亮。意味深な目付きにインパクトがあります。彼は公式サイトのアンケートや他のところで「演技に自信がない」と言っていて、実際そのとおりなんですが、彼が長谷川賢役に起用された理由は別にあります。彼は、上戸彩とのアイ・コンタクト演技に堪えうる、強い目線の持ち主だということです。

加藤成亮が「怖い日曜日」に出演したとき、演出の二階健さんが彼の目のアップを、映像上のアクセントとして使っていたのを思い出します(00/11/26参照)。あの時は、単純に二階健さんのセンスに感動しただけですが、今思えば、加藤成亮の目付きには、その当時からインパクトがあったのかもしれないです。現時点での賢は、いいヤツなのか裏があるヤツなのかハッキリしませんが、実は、政則よりも重要なキャラなのかもしれません。

来週は「ソーラン節」をやるみたいですが、直や政則が、元気に「ソーラン節」をやっている姿は想像できないんですが……。(^^ゞ


01/11/01  科捜研の女(1)

脚本:深沢正樹(1)、戸田山雅司、高山直也、他
演出:橋本一(1)、辻野正人
音楽:川井憲次
プロデューサー:井土隆、菊池恭(テレ朝)、手塚治(東映)
助監督:下戸聡
プロデューサー補:小野川隆(東映)
制作:テレビ朝日、東映
関東放送枠:テレ朝・木曜8時

(データのみ)

(音楽の川井憲次さんは「機動警察パトレイバー」など、アニメやゲームの音楽で有名な人です。ドラマでは「クラインの壷」(96年・NHK)などを手がけています。)


01/11/08  3年B組金八先生(5)

演出:福澤克雄(1)(3)(6)、生野慈朗(2)、三城真一(4)(7)、加藤新(5)

 セリフ以外の情報量が少ない演出

第5話は文化祭にまつわるエピソードが中心だったせいか、全体的に穏やかな内容で、番外編といった印象が強かったです。そのせいか、イマイチ盛り上がらないまま1時間が過ぎちゃいました。演出の加藤新さんはTBSの若手と思われる人で、連続ドラマを演出するのは「嫁はミツボシ。」第7話(上戸彩がメインの回)に次いで、今回が2回目です。あんまりこういうことは書きたくないのですが、「世界で一番熱い夏」の時みたいに、福澤克雄さんが演出した回だけが面白い――なんてことになるんじゃないかと、ちょっと心配になりました。(-_-;)

第5話を見て、盛り上がりに欠けていたように感じてしまった理由は、脚本だけではなく演出にもあったと思います。第3話の日誌には「情報密度が高い」などと書きましたが、第5話はそれとは正反対で、セリフ以外の情報量が非常に少ない演出でした。

1時間の中で印象に残る映像とか表情が極端に少なくて、強いて言うなら、幸作(佐野泰臣)の笑顔が多かったことと、長谷川奈美(中村友美)のアップが多かったことくらいでしょうか。3年B組のシーンに顕著なのですが、生徒の表情がよく見えないことが多かったです。物理的に顔が映っていないという意味じゃなくて、力強い表情を捕らえたカットがなかったという意味です。だから、前半の30分は耳でセリフだけ聞いていればOK――みたいな感じでした。そもそも、鶴本直(上戸彩)の初アップが登場するのが、放送開始から29分後(9時29分)だったりするワケで、そういうところも番外編っぽく感じてしまう一因です。

ラストシーンで、金八が成迫政則(東新良和)を心配そうに見つめるカットがありましたが、これが次週の伏線になっているようです。こういうカットがもっとたくさんあれば、第5話全体の印象も違ってきたのだと思いますが、実際は、セリフや動きを追うことに終始していて、行間のニュアンスを表情でフォローする場面が少なかったです。たとえば、長谷川賢(加藤成亮)が「ソーラン節」を支持するシーンでは、直とのアイ・コンタクトがあってもよかったと思うのですが……。

 顔が見えない「ソーラン節」

ドラマの後半は「ソーラン節」の練習シーンと本番シーンがメインになるのですが、ここでも、生徒の表情がよく見えませんでした。たとえば、直や政則がどんな表情で「ソーラン節」を踊るのかも、第5話の注目ポイントだったのですが、よくわからないまま終わっちゃいました。本番シーンの録画ビデオを何回もバックさせながら見れば、直や政則のアップも見つかるのですが、生放送で1回見ただけで、それが確認できる人はいるのでしょうか。少なくてもボクの動体視力では無理です。(^^ゞ

公式サイトによれば、生徒役の子たちは「本番の2週間前から9日間合計50時間以上の猛特訓をしてきた」そうで、本番シーンの収録には4時間以上かかっていて、生徒たちは合計20回以上も踊ったとか……。m(__)m これが多いのか少ないのは、ボクには判断できません。ただ、パート5の最終回に登場した「ソーラン節」(演出:福澤克雄)と比べると、顔の見えない「ソーラン節」でした。第4話の日誌でも使った表現ですが、誰のどこを撮りたいのかハッキリしないカット(アップ)が多かったです。ちなみに、パート5の文化祭での「ソーラン節」(演出:鈴木早苗)はビデオ保存していないので、比較できません。

若干、余談気味の話題ですが、荒川土手での練習シーンに登場した直はカッコよかったですね。わずか数秒でしたが、彼女のスタイルの良さ、スラッとした身体のライン、そしてあの黒ジャージ(?)に、頭がクラクラしてしまいました。(^^ゞ なんとなく、モー娘。の“よっすぃー”を連想してしまいます。(^^) こういう映像が、本番シーンにバンバン出てくればよかったんですが……。

まったくの余談。――先日、コンビニに行ったら、上戸彩が某写真週刊誌の表紙では太腿を派手に露出していました。鶴本直役に対する反発でもあるのでしょうか。(~_~;) また、第7話のサブタイトルは「異性愛と同性愛」だそうですが、どういうわけだか演出が生野慈朗さんじゃありません。生野さんの得意ジャンルだと思うのですが……。(^_^.)


01/11/15  3年B組金八先生(6)

演出:福澤克雄(1)(3)(6)(8)、生野慈朗(2)、三城真一(4)(7)、加藤新(5)(9)

 ケナフ実習は「怖い日曜日」?

やはり福澤克雄さんは違いますね。冒頭のケナフ実習のシーンは、クレーン+ステディカムによる長回しで構成されていましたが、あいかわらず情報密度が高くて、生徒間の微妙な人間関係をきっちり押さえたシーンに仕上がっていました。長回しというのは、下手にやると、素人撮影みたいな大味な印象になってしまうのですが、このシーンの場合、固定カメラで決め撮りしたようなカッコ良いアングルが次々に出てきました。さすがです。入念なリハーサルが繰り返されたのだと想像します。

注目したいのは、成迫政則(東新良和)のところで部分的にスローモーションになっていたところでしょうか。長回し映像の一部分をスローモーションにするというのは、ちょっとしたアイデアだと思います。

ところで、チュー(中尾明慶)の指のアップからピント移動して政則のひきつったアップになるショットは、どういう演出意図だったのでしょうか。「怖い日曜日」のパロディみたいだったので、1分間くらい腹を抱えて笑ってしまいました。ボクは“遊び”の一種だと理解しましたが、マジメな視聴者は「ふざけてる」とか言って怒っちゃうかもしれません。(^^ゞ

 野島伸司に通じるシチュエーション美学

笑えるといえば、長谷川賢(加藤成亮)の「レディ」発言もかなり変でした。まあ、彼の場合、第2話で唐突に笛を吹き出すなど、日常の言動がミステリアスなので、それなりに整合性は取れているような気もします。(^^ゞ ところで、第4話の日誌に、長谷川賢と鶴本直(上戸彩)はまだ一度も会話をしていないと書きましたが、今回の「レディ」発言はこの2人の初会話になります。直は賢を助けようとしてケンカに参戦するわけですが、それが哀しい初会話になってしまうというわけです。

今回の「金八」脚本は、シチュエーション作りに力を入れているみたいです。泣けるシチュエーションとか、切ないシチュエーションがバンバン出てきますが、かなり意識的に作っているのだと思います。こういう部分を指して野島伸司的というのであれば、同意したいと思います。一方、レイプシーンなどに対して野島伸司みたいだという意見もあるようですが、それはちょっと表層的すぎます。

それはともかく、ケンカのシーンは相変わらず福澤Dらしいというか、痛そうなシーンに仕上がっていました。――直と賢は、ラストシーンの「オッス!」で仲直り(?)しちゃうのですが、これはこれで、彼らしいストイックなコミュニケーションといえそうです。(^^ゞ ただ、直ファンとして一言いわせてもらうなら、賢ってイマイチ信用できないんだよな〜。(^^ゞ

 東新良和の“不器用な迫力”

この第6話は政則のエピソードがメインでした。スタート前は、彼をメインにして物語が展開するのだと思っていたのですが、フタを開けてみたら意外に存在感が薄かったりして拍子抜けです。(^^ゞ 前作の風間俊介と比較してしまうと、どうしてもインパクト不足に感じられてしまいます。とはいっても、こういうのは身勝手な比較なのかもしれません。政則というキャラを冷静に考えるなら、彼に求められているのは“小動物的な可哀相さ”なんじゃないでしょうか。そうであるのなら、政則役に東新良和をキャスティングした理由も理解できます。

ちなみに、福澤Dが東新良和に求めているのは、“小器用な上手さ”じゃなくて“不器用な迫力”であるようです。――関東では、第1話放送日の夕方に番宣が放送されたのですが、そこで、福澤Dと東新良和の特訓の様子が紹介されていました。福澤Dの前で東新良和が泣きの演技をしていたのですが、低い声で指示を出す福澤Dがむちゃくちゃコワかったです。演技で泣いているのか、福澤Dがコワくて泣いているのか、よくわからなかったです(笑)

この特訓シーンでは、武田鉄矢も東新良和にアドバイスをしていたのですが、金八先生と同じ語り口だったんで、本物の学校みたいに見えました。生徒役の子どもたちにとっては3年B組は「学校」であり、武田鉄矢が「先生」なんだということがよくわかる映像でした。こういう体験ができる彼らのことが、ちょっぴりうらやましく思えたりします。――閑話休題。

で、そこで特訓していたシーンは、第1話に出てきたのですが、本番では“泣き”の演技が強すぎて、セリフが聞き取れませんでした。悪夢で目が覚めた政則が「父さんをうらんでる」とか言うシーンです。しかし、大事なのは気迫を伝えることであって、セリフを伝えることではない――というのが、福澤Dの最終判断だったのでしょう。なかなか深いです。(^^ゞ

……と、ここまでは第1話の日誌を書く時に省略してしまった話題。ここからが第6話の話です。(^^ゞ 第6話では、金八の前で政則が爆発するシーンがありましたが、ここでも気迫重視の演出になっていました。セリフはちゃんと聞こえましたが、気迫があれば細かいニュアンスはどうでもいい――という印象を受けました。ボクはこういう演技は嫌いじゃないです。ボクが嫌なのは“小器用な上手さ”の方で、「金八5」以外の風間俊介とか、藤原竜也の演技にいい印象が持てない理由もそこにあります。

 “教え諭す”教師よりも“受けとめる”教師

ところで、このシーンでは、政則を前にして金八が言葉を失ってしまうところにも注目したいです。金八が“熱血教師”から“エロスがわかる教師”に変貌していると、第3話の日誌で書いたのですが、このシーンの金八もなかなかエロチックな対応をしてました。熱血教師だったら、爆発した政則を教え諭すのかもしれませんが、言葉を失うというのも、対応としては間違っていないと思います。

言葉を失うということは、それだけ政則の気持ちを深く受けとめているという意味合いを持ちます。実際問題として、“教え諭す”ことよりも“受けとめる”ことの方が意味を持つ――というケースはたくさんあると思います。政則もこのケースではないでしょうか。政則は金八に対して心を開いたわけだから、一緒に泣いてやるのがエロスというもんでしょう。(^^ゞ ボクが政則だったら、あの場面で説教はされたくないですね。(^^) 熱血教師が教え諭す教師だとするなら、現在の金八は受けとめる教師(一緒に泣く教師?)だと言えそうです。金八と政則は、秘密と同時にその痛みも共有する関係になったワケで、それはやはりエロチックな関係性だといえます。

今期は学校ドラマが3つもありますが、熱血教師なのは「ガッコの先生」だけで、金八や小津先生は、エロスがわかる教師の方でしょうか。(^^ゞ 3つの中で「ガッコの先生」が一番古臭く感じられるとしたら、その原因は、エロスの有無にあるような気がします。金八や小津先生は、痛みや弱さを抱えていますが、このことが彼らをエロチックにしています。なぜなら、痛みや弱さというのは裸と同じで、誰にでも見せるようなものではないからです。


01/11/17  ほたるのゆき

脚本:永田優子(第13回ヤングシナリオ大賞)
演出:大木綾子
プロデュース:土屋健
演出補:森保伸二
プロデュース補:西澤桂
関東放送枠:フジ・土曜14〜15時

大木綾子さんについては、1年前の「らぶちゃっと」の日誌(00/07/10)で注目しておいたのですが、この「ほたるのゆき」も期待以上の出来たっだと思います。放映前にスポットCMも流されていたみたいですが、「ヤングシナリオ大賞」でCMを流すのは、めずらしいような気がします。それだけ局内の評判が良かったということなんでしょうか?

 視聴者を引き付ける吸引力

映像がきれい、とか、表情に味がある、とか、いろいろあるのですが、一番感心するのは、ドラマの組み立て方の上手さです。それが良くわかるのが序盤の10分です。カット割りとか、お芝居の緩急が緻密にコントロールされていて、何気なくテレビをつけた人が見入ってしまうような、強い吸引力みたいなものを感じました。こういうところに、大木さんの非凡な才能を感じます。

子ども役の落合扶樹がバッグを盗み出すシーンでは、表情やカメラワークに“ドキドキ感”があったし、真中瞳の表情には意味ありげなニュアンスがあったので、見ていて強く惹きつけられました。特に、落合扶樹を列車から引っ張り出した時の真中瞳の不気味な表情には、強いインパクトを感じました。また、落合扶樹がバッグを持って駅のホームに降りた時に挿入された林の映像(虫の声)も渋かったです。こういう細かいアイデアの積み重ねが、独特の吸引力を生み出していたのでしょう。(^^)

ただ、前半のドキドキ感に比べると、後半のストーリー展開はイマイチ陳腐に思えました。ホタルが登場する展開もお約束だし、映像的にもさほどインパクトは感じませんでした。ホタルといえば、二階健さんが演出した「怖い日曜日」(00/07/09)の映像がすばらしかったので、つい比較しちゃいます。(~_~;)

個人的に美味しかったのは青木堅治が出ていたこと。彼にはもっと活躍してほしいです。また、列車内で落合扶樹と青木堅治がぶつかるシーンで流れていた曲は久石譲です。大木さんは「らぶちゃっと」の時にも久石譲の曲を使っていたのを思い出しました。映画『ふたり』のサントラだと思うのですが違っているかもしれません。――それにしても、毎回思うことですが、ヤングシナリオ大賞の脚本って、みんな同じようなストーリーですよね。必ず、地方が舞台だし。(~_~;)


01/11/18  タイム・トラベラー最終回

原作:筒井康隆「時をかける少女」
脚本:石山透
演出:佐藤和哉
音楽:高井達雄
出演:島田淳子(のちに浅野真弓に改名)、木下清、浜田晃
関東放送枠:日曜深夜「NHKアーカイブス」

今や伝説ともいえる「NHK少年ドラマシリーズ」の記念すべき第1作(1972年)の再放送です。当時はビデオテープが高価で何回も重ね撮りしていたため、放送用のテープはNHKに残っていなかったそうです。ところが、数年前に、一般視聴者が家庭用オープンリール型デッキで録画した最終回が発見されて、それを元に復元されたものが、今回のオンエアーされたというワケです。そのオープンリール型テープを保管していた人のホームページでは、詳しい経緯が紹介されています。率直に言って、ドラマ本体よりも、テープが復元されるまでの経緯の方が面白いです。(^_-)
http://www.h2.dion.ne.jp/~tinei/

 歴史資料/思い出としての価値はあるが……

肝心のドラマの方は、思っていた以上にチープな作りで、現在の視点から見て面白いと思えるような部分はありませんでした。カット数が少ないのは、単なる手抜きにしか見えないし、カメラワークらしいカメラワークもほとんどありませんでした。カメラは固定されていて、パンとズームだけで撮っている感じです。お芝居もかなり平板で、ニュアンス不足をナレーションでフォローしているという感じです。――歴史資料/思い出としての価値はあるのかもしれませんが、クリエイティブな価値はないです。(^_-)

ちなみに、「アーカイブス」では同時期のドラマが何回か放送されていますが、それらと比較しても、「タイムトラベラー」のチープさは尋常じゃないです。一般的に言って、「アーカイブス」で紹介されるようなドラマというのは、例外的にクオリティが高いものが多いわけで、それらだけを見て「当時のドラマはすごかった」なんて勘違いしちゃいけないとは思います。それでも、円谷プロの「ウルトラシリーズ」などと同レベルで語れるような完成度じゃないのは確かです。当時を想像するに、子供向けのドラマということで、たいした予算や制作期間を与えられていなかったのでしょう。

今回の再放送を見て、放送用テープが消されちゃった理由もわかるような気がしました。ビデオテープが高価だったから消されちゃったんじゃなくて、後世に残す価値があると判断されなかったから消されちゃったんです。テープ1本が100万円だったとしても、残す価値があると判断されていれば残っているハズでしょう。浅間山荘事件のニュース映像とかは残っているワケだし。(^_-)

――ただし、テーマ音楽には、ちょっとゾクゾクするものを感じました。音楽の世界は映像の世界ほど時代の変化が大きくない、と言うことなんでしょうか。(^^)


01/11/18  ユタと不思議な仲間たち

原作:三浦哲郎
脚本:早坂暁
演出:佐藤和哉
音楽:渋谷毅
出演:熊谷俊哉、殿山泰司、伊藤幸子、佐藤蛾次郎
関東放送枠:日曜深夜「NHKアーカイブス」

 オフィスクレッシェンド的なカメラワーク

上記の「タイム・トラベラー」と一緒に放送された作品ですが、こちらは比べ物にならないくらいの高い完成度でした。芸術祭で優秀賞を受賞しただけのことはあります。「タイム・トラベラー」の2年後の1974年の作品だから、やはり、予算とか制作日程の違いが大きいんじゃないでしょうか。

このドラマで興味深いのは、広角系の接写ショットが多いことです。フィルムで撮影されていることを別にすれば、最近の演出の流行りとやってることは同じで、「ズッコケ三人組3」(01/04/14参照)とか、オフィスクレッシェンドの作風に酷似しています。こういう作品を見ていると、映像演出の基本的なアイデアは、過去の作品で出尽くしているという思いが強くなります。もちろん、今のドラマと比較すると野暮ったいところもあるのですが、それはあまり重要じゃありません。

もし違いがあるとするなら、予算と製作期間の違いかもしれません。「ユタ…」は当時の少年ドラマとしてはかなり贅沢な環境下で制作されたのだと思いますが、今だったら数分の一の予算と時間で、同レベルのドラマが作れるんじゃないでしょうか。

 少ドラのアイドル(?)だった熊谷俊哉

このドラマの場合、主演の熊谷俊哉が妙にアイドルっぽいので、そういう部分でも、オフィスクレッシェンドのジャニーズ・ドラマと共通点が多いです。「怖い日曜日」や「金田一少年」のルーツは「ユタ…」なんじゃないかという気さえしてきます。演出やカメラワークも、熊谷俊哉の魅力を強く意識している感じで、アイドルドラマっぽいショットもたくさんありました。

ネットで調べてみたところ、熊谷俊哉という人はこの後、同じ少年ドラマシリーズの「未来からの挑戦」(1977年)や「その町を消せ」(1978年)に出演したそうです。しかも、雑誌「明星」の表紙に登場するなど、アイドル的な人気があったとか……。ちなみに、「未来からの挑戦」は、眉村卓の「ねらわれた学園」と「地獄の才能」の2作が原作で、主演が紺野美沙子でした。ボク自身も子どもの頃に見ていた記憶があるのですが、熊谷俊哉も紺野美沙子もまったく覚えていません。(^^ゞ

少年ドラマの代表選手としてはもう一人、高野浩幸(高野浩之?)という人がいますが、こちらはボクも覚えています。「謎の転校生」(1975年)とか「赤い月」(1977年)に出ていましたが、その後、民放のドラマでも見かけた記憶があります。(^^ゞ これらの作品は、懐かしいので、また見てみたいですね。(^^) 作品の出来自体はチープなんだと思いますが……。(^_-)


01/11/19  アンティーク(7)

演出:本広克行(1)(2)(5)(7)、羽住英一郎(3)(4)(6)

「TVライフ」に高井一郎Pと本広克行Dの対談が載っていて、2人とも威勢の良いことを言っているのですが、ドラマを見るかぎりではノーマルな方向にシフトしているように感じます。滝沢秀明が椎名桔平の実家で朝食をとっているシーンなどは、お世辞抜きで面白いと思うのですが、このシーンの演出って「ちゅらさん」に近くないですか? これ以外でも、ギャグのシーンの演出は「ちゅらさん」みたいなノーマルなテイストに変化しているように感じました。間とか効果音を極端に強調していた初期の頃とは違ってます。(^^ゞ

前回の日誌ではテロップのことを書き忘れましたが、テロップだけだったら、「ラブコンプレックス」もかなり多かったような気がします。しかし「ラブコン」のときは、そんなにうるさいとは感じませんでした。そうだとするなら、「アンティーク」でうるさいのは、テロップじゃなくてタイプ音なのかもしれません。すべてのテロップに同一のタイプ音をつけているのは、どういう演出意図なんでしょうか。ちょっと疑問に思います。

ところで、この第7話では、あの邑野未亜がコミカルなキャラで登場しました。邑野未亜といえば、数週間前に財前直見の2時間ドラマにも登場していましたが、過去の出演作は「永遠の仔」を筆頭に、どれも不幸そうな役ばっかりです。ところが今回は基本的に明るい役だったので、えらく新鮮に見えました。特に、阿部寛と一緒にケーキを作っているシーンでの笑顔なんて、信じられないくらい可愛くて、なんかショックです。(笑)


01/11/20  さよなら、小津先生(7)

演出:平野眞(1)(2)(4)(6)、河野圭太(3)(5)(7)

 表情だけで感情表現する登場人物たち

第4話あたりから、カット割りの完成度が高くなってきているように感じます。田村正和や生徒役の表情アップを複雑に組み合わせることによって、心の変化や、心理的な懸け引きを上手く描き出しています。

このドラマの場合、気持ちをストレートに言葉にしないキャラクターが多いので、表情のニュアンスは重要な要素です。第6話では、タオルを燃やすシーンがありましたが、あのシーンのカット割りなどは表情だけで以心伝心している――という感じでした。(^_-) 特に森山未來なんて、表情だけで自己アピールしているようなキャラでしょう。第7話では、頭を下げる田村正和を見つめるカットがありましたが、あのカットがあるかないかでこのシーンの印象は大きく変わってしまうはずです。

若干、難を言うと、生徒役の5人のキャラが似通っているのが気になります。もう少し、一人一人の個性を際立たせてほしいです。5人の中で一番キャラが立っているのは、途中参加したEITAでしょうか。彼だけが、他の4人に距離感を持っていて、それがそのまま彼の個性になっています。

 小津先生はエロスがわかる教師 (^^ゞ

あと、「金八」先生の日誌(01/11/15)にも書いたことですが、小津先生というキャラは意外に金八先生と共通点が多いように思います。一言で言うと、熱血教師ではなくて、エロスがわかる教師だということなんですが、具体的には、傷を負った者同士がお互いに助け合うという構図になっているところに注目したいです。第7話のエピソードなんて、教師は生徒(ユースケを含む)のために、生徒は教師のために身体を張る――という話だもんね。

そういえば、第5話では、小津先生が忍成修吾の父親に向かって「この子は良い子だ」と言うシーンがありましたが、金八先生も兼末健次郎(風間俊介)の親に同じようなことを言っていたのを連想しました。――“エロスがわかる”というのは、かなりヘンテコなキーワードだとは思うのですが、21世紀の学園ドラマ(教師像)を考える上では、けっこう便利なキーワードなんじゃないでしょうか。(^_-)


01/11/21  ハンドク!!!(7)

演出:堤幸彦(1)(2)(5)(6)(8)(9)、金子文紀(3)(4)(7)

やはり金子文紀さんが演出した回の方が面白いですね、ボクの場合は。(^^ゞ 表情とかお芝居のニュアンスに深みがあるというか、セリフの裏側(行間)にある微妙なニュアンスをていねいに汲み取っているという感じがします。これとは逆に、堤さんの場合は、マンガっぽい平板な印象が強くて、ギャグのシーンはOKなんですが、シリアスなシーンでは物足りなさを感じます。堤さんは、このドラマのことを「カッコ悪いドラマ」だと発言していますが、それが何を意図しているのか、ボクには良くわかりません。

金子文紀さんの場合、「天国に一番近い男」での演出が、いまひとつピンと来なかったのですが、「ハンドク!!!」の演出はとても良いと思います。次クールの「木更津キャッツアイ」では、初のチーフDを務めるみたいですが、期待できそうです。(^O^)


01/11/22  最後の家族(6)

原作・脚本:村上龍
演出:小田切正明(1)〜(9)
音楽:H.GARDEN
企画:見城徹(幻冬舎)、黒田徹也(テレ朝)
プロデュース:高橋浩太郎(テレ朝)、照喜名隆、布施等(ザ・ワークス)、石原正康(幻冬舎)
監督補:鈴木幹
助監督:近藤有希
プロデューサー補:樽井勝弘(テレ朝)、角田正子
制作:テレビ朝日、ザ・ワークス
関東放送枠:テレ朝・木曜9時

 村上龍のメッセージよりも吉沢悠の演技

このドラマって、ものすごくマジメに作っていると思うのですが、そのマジメさが野暮ったかったりします。ドラマというのは勉強じゃないのだから、もう少し色気とか遊び心がほしいです。別に、ベッドシーンを出せとか、ギャグをやれとかいってるワケじゃないんです。キャラクターでも、設定でも、ストーリー展開でも、何でもいいから、もう少しフックがほしいという意味です。第1話なんて、見る前から予想がついていた状況説明だけだったし、淡々としているだけで終わってしまいました。――このドラマと見比べたら、裏番組の「金八先生」がいかに不マジメな番組かがよくわかるというものです。(笑)

とはいえ、第3話あたりから、改善されてきた部分もあって、たとえば、吉沢悠のオロオロした演技がユーモラスに見えてくるようになりました。第3話のラストで、暴力夫の尾美としのりが苦情を言いに来るシーンでは、階段の上で聞いている吉沢悠が一人で悶えている(?)のですが、モノマネのネタにしたくなるような演技でした。

一般的に言って、モノマネしたくなるようなキャラクターというのは、華とか色気があるキャラクターだといえます。「金八先生」で言えば、信太の「レレレー」とか、鶴本直の黒ジャージで腕組みとか。(^^ゞ ――吉沢悠の“オロオロ演技”は、回を追うごとに緻密さを増してきているので、未見の方にはオススメしておきたいです。彼の演技に比べたら、村上龍のメッセージなんて、どうでも良い……かな。(~_~;)

村上龍が、普段どのくらい連ドラを見ているのか知りませんが、「最後の家族」を見るかぎりでは、たくさんドラマを見ているようには思えません。俳優の持ち味を最大限に活かす方向でキャラクターを作る――というのが、近年のテレビドラマの傾向なんですが、そうした感覚がストーリー設定からは感じ取れないです。ちなみに、ボクが使う「アイドルドラマ」という用語も、これと同じ意味合いです。

最近は「中学生日記」ですら、アイドルドラマみたいな演出になっていて、11月25日の朝に見た「テスト前夜」(演出:淋代壮樹)なんて、日テレのジャニーズドラマ「ゼニゲッチュー」(01/06/10参照)と大差ないです。(~_~;) ちなみに、「ゼニゲッチュー」では「中学生日記」出身の高橋直治さんも演出してました。(^o^)

 家族外の人間関係が御都合主義的

ちなみに、このドラマで一番マトモというか共感可能なキャラは松浦亜弥でしょうか。半年くらい前にテレビ東京の深夜帯ドラマで何回か見たことがあるのですが、そのときから独特の存在感を感じていたので、今回の連ドラ登場も意外ではありませんでした。表情にストーリー性があるというか、ワケありっぽいニュアンスがあるんですよね。このドラマでも、母親と一緒に夕食の準備をしているところなどは、気まずさとホノボノとしたテイストが同居していて悪くないです。

ただし、援交相手の岡田浩暉を好きになるという展開は、ちょっと無理があるような気がします。当の岡田浩暉も、回が進むにつれてカッコ良くなってたりするので違和感があります。この2人が出会うきっかけは援助交際ですが、こういう展開になるのなら援交じゃなくても良かったような気がします。というか、女子高生→援交っていうのは、発想が安直すぎるような……。(笑)

しかし、こんなのはまだ良いほうで、このドラマの場合、家庭外の人間関係・キャラ設定が御都合主義的すぎます。よりによって人妻の樋口可南子とつきあっている照英なんて、かなり物好きなキャラに思えるし、赤井英和に「コーヒーを飲ませてください」などと誘っている隣人女もボクの理解力を超えています。(^^ゞ 夫の暴力に悩む井上晴美にしたって、盗撮している引きこもり野郎に助けを求める――なんて展開になったら、かなり不自然です。(^^ゞ

 エロスがわからない父親?

原作・脚本の村上龍は、ドラマ化することを念頭において「最後の家族」を書いたそうですが、ひょっとしたら「金八5」における兼末家の描写に対して異論を持っていたのかもしれません。まあ、「金八5」の読書シーンでは村上龍の本も話題になっていたから、村上龍本人が見ていた可能性は充分にあると思います。

ちなみに「金八」との比較で一つだけ書いておきたいことがあります。それは、金八がエロスがわかる教師なのに対して、赤井英和というのはエロスがわからない父親だということです。「金八」の成迫政則(東新良和)も引きこもり系のキャラクターですが、金八−政則の関係と赤井英和−吉沢悠の関係を比較しながら見てみると、いろいろ考えさせられることが多いです。赤井英和もそれなりにマジメな父親なんですが、エロスがわからないマジメさっていうのは鬱陶しいです。(^^ゞ 吉沢悠と一緒に泣いてやれば良いのに……なんて思ってしまいます。(01/11/15「金八」参照)

ところで、ちょっと前の「TVライフ」で村上龍と吉沢悠の対談が載っていたのですが、話がまったく噛み合っていなくて面白いです。村上龍は、従来の家族観を否定して家族から自立することを説いているのですが、吉沢悠は「やっぱり家族が大切だと思います」などとアッサリ言い切ってます。芥川賞作家を前にして、堂々と否定意見を言ってしまう吉沢悠が立派なのか、単に怖いもの知らずなのか、それとも自由に意見を言わせている村上龍の懐が深いのか、よくわかりません。(笑) まあ、吉沢悠だから許せるっていう要素もあるのかもしれないです。同じ意見でもダ・パンプのISSAみたいな風貌の人が言うと、ムッとしちゃいそうだしね。(^^ゞ

 望遠系アップ多用の演出意図は?

小田切正明さんは、最近では「陰陽師」で、ボクの理解力を超えた(?)演出ワールドを見せてくれましたが、テレ朝木9枠では「つぐみへ…」(2000年夏)を手がけています。このドラマの演出も「つぐみへ…」とよく似ています。転落型ストーリーだった「つぐみへ…」は、望遠系の“のぞき見”風アップの多用が目立っていたのですが、このドラマでも“望遠〜のぞき見”系のアップの多さが目に付きます。「つぐみへ…」ほどサスペンス的ではありませんが……。

番宣によると「最後の家族」は、一戸建ての家屋を借り切って撮影されているそうです。いわゆる“ロケセット”というヤツです。ひょっとしたら「つぐみへ…」もロケセットだったのかもしれません。ロケセットの場合、スタジオセットと違って空間的な制約が大きいので、カメラワークが窮屈になってしまいます。最近の流行りは広角系の手持ち撮影なので、ロケセットでも比較的自由に動けますが、望遠系となると話は正反対です。狭い屋内で望遠レンズを使うというのが、いかに被虐的な行為かは、ちょっと考えればわかってもらえると思います。「最後の家族」でも、壁に穴でも空けてるんじゃないかと思えるようなアングルがたくさん出てきます。(たぶん窓の外から撮ってる)

そこまでして望遠系にこだわる理由はどこにあるのでしょうか。広角レンズで撮った映像というのは、人間の視覚(画角)に近いので、臨場感とか空間感覚が強く感じられます。一方、望遠(狭角)レンズというのは人間の視覚にない映像(画角)なので、距離感がハッキリしない非現実的な印象を与えます。望遠系のアップが内面描写に適しているのは、その映像が非現実的だからです。背景がボケけて、被写体(表情)だけが浮き上がって見えるから、内面に入り込んだような印象を受けます。

こうした特徴から、このドラマにおける望遠系の多用を強引に説明するとこうなります。――距離感がハッキリしないが、個々人の内面だけはハッキリ見えるのが、このドラマの映像的な特徴だが、それは家族内の人間関係をそのまま反映している。つまり、内面が肥大しているが、他人との距離感が上手く取れない登場人物の心象風景だと。(^^ゞ ……自分で書いておいてこんなことを言うのもなんですが、ちょっと胡散臭い分析ですね。こういう話は、あまりマジメに受け取っちゃいけません。

ちなみに、吉沢悠がキッチンに降りてくるシーンが毎週ありますが、望遠ショット多用のため、キッチンの間取りや位置関係がサッパリわかりません。――こういうことを気にしながらドラマを見ていると、ストーリーもサッパリわからなくなります。(~_~;) 念のために書いておくと、屋外シーンも望遠ショットの嵐です。あと、照明などは、ノンライトのプライベート撮影っぽいテイストをねらっているみたいです。でも、プライベート撮影だったら広角レンズが標準だと思うので、そのところは微妙ですね。(^^ゞ


01/11/22  3年B組金八先生(7)

演出:福澤克雄(1)(3)(6)(8)、生野慈朗(2)、三城真一(4)(7)、加藤新(5)(9)

 ていねいになったカット割り

三城真一さんが演出するのはこれが2回目です。前回の第4話はカット割りが雑に感じられたのですが、第7話はかなり改善されていたようです。今回は教室のシーンが多かったのですが、金八のセリフの内容と生徒の表情を、ていねいにシンクロさせてあったので、見ごたえがありました。

いくつか例をあげると、「衣食が満たされないと人は簡単に悪に走る」のところで今井儀(斉藤祥太)の表情が、「子どものためなら親は罪を犯す」のところで成迫政則(東新良和)表情が、「死んでもいい」のところでは笠井美由紀(高松いく)の表情が入る――という具合です。特に政則のところは横顔の特大アップなど、かなり押しの強いカット並びになっていたので、ボーッと見ていてもその演出意図がちゃんと伝わります。

後半の“愛の授業”のシーンもそうですが、三城さんは政則のカットを積極的に撮っているみたいです。給食当番のシーンでは、木村美紀(森田このみ)にイジメられていましたが、ここでも政則に重点をおいたカット割りになっていました。政則以外では、山田哲郎(太田佑一)が良い味を出していましたが、彼は第4話でも美味しい場面が多かったので、きっと三城Dのお勧めキャラなんでしょう。(^^)

 “トンデモ授業”における直の演出

“愛の授業”の内容は「金八」史に残る“トンデモ授業”という感じで、どこが“志学の時”なのかボクにはよくわかりません。たとえば、ある日突然、同性から「好きです」なんて言われたら、「人の数だけ愛がある」などと評論家みたいなことを言ってる余裕はないと思うのですが……。(^^ゞ だた、この授業に違和感を感じている人はたくさんいるみたいなので、この話はこれで終わりにします。(^_-) それよりも、このシーンでは、鶴本直(上戸彩)の演出に注目してみます。

このシーンは直のアップとか、直と賢(加藤成亮)の2ショットが非常に多かったのですが、アップの登場回数は多いのに、表情のニュアンスはかなり抑えた感じになっていました。政則の表情アップが単純明解でわかりやすいのと正反対です。だからなのか、ボクの場合、直の表情を見ながら「この子は今、何を感じながら金八の言葉を聞いているんだろう……」などと想像してしまいました。――それが三城Dの演出意図だったのかもしれません。視聴者のイマジネーションを刺激するために、明快なニュアンスを避けた……? いずれにしても、「人の数だけ愛がある」のところで、直がニッコリ笑ったりしなくて良かったです。(笑)

この他で印象に残ったシーンを挙げておくと、まず、美由紀がトイレで“もどす”シーン。美由紀の笑顔には不気味なインパクトがあって、今後の定番演技になりそうです。特に鏡に映ったシンバ(住吉玲奈)との2ショットは「学校の怪談」みたいだったので笑ってしまいました。(^^) ここでもまた、一対一の関係が成立しました。(^^) あと、渋いところでは江藤直美(鈴田林沙)。ラストで布団をかぶっている時のアップは、なかなかいい表情だったと思います。もっと渋かったのは、国井教頭と大森巡査のシーン。愛が芽生えそうな雰囲気でした。(^^)

それから、三城さんが演出した第4話と第7話は、教室シーンで廊下方向からのショットが多かったような気がします。通常は、窓側の壁を取り外した状態で、窓方向からのアングルを中心に撮影されていますが、廊下方向から撮りたい場合は、窓側の壁を設置して撮影しているみたいです。たいていは逆光になっていますが、これは窓の外の風景を用意しないで済ませるためでしょう。(^^ゞ 第7話だと、儀を殴ろうとする直の腕を賢がつかむショットが廊下方向&逆光になっていました。儀と直の格闘シーンは第6話にも出てきたので、違いを出したかったのかもしれません。愛の授業のシーンでも、廊下方向からのショットを別撮りしておいて、窓方向から撮ったシーンの合間にハメ込んでいたようです。

 直や政則のテーマは人間関係

第7話最大のニュースは、直の匿名メール攻撃(?)かもしれません。たとえば、第7話を見逃した人に内容を質問されたとしたら、絶対にハズせないエピソードです。(^^) まあ、賢の返事が噴飯ものだったりするワケですが、直イジメは作劇上の基本だからねぇ。信太イジメもそう。(^^)

先週の日誌で、今回の「金八」脚本には野島伸司に通じる“シチュエーション美学”があると書きましたが、今回のメールもかなり野島的です。相手が誰だか分からないでコミュニケーションするというシチュエーションは、「すてきな片想い」「聖者の行進」「SOS」などでおなじみです。――それにしても、今回の脚本って、本当に小山内美江子さんが書いているんでしょうか。70代の脚本家の発想とは思えません。(@_@) 実際には、若いスタッフがアイデアを出して、柳井Pと小山内さんが取りまとめるという体制なんだと想像しますが……。

個人的には、メールの書き出し部分の「おジャマ虫にならないように気をつけるから……」にグッときました。金八が授業で言っていた“礼節”とは関係ないと思いますが、こういうストイックな部分に、直のせつない想いがよく出ています。(^^) 賢の返事はつれないものでしたが、2人のメール関係は今後とも継続させてほしいです。直が「話したい」という欲望を持ったことによって、2人の関係はよりエロチックになっていくように思います。

ところで、第7話では、直と政則が初めて自分から行動を起こしたことにも注目したいです。ボクの考えでは、今回の「金八6」で、直と政則に与えられたテーマは“周囲の人間と関係性を築くこと”です。直と政則が3年B組の中で人間関係を紡いでいくプロセスを半年という長いスパンで描いていく。大事件が起きて急に友情が芽生えるというのではなく、小さなエピソードを積み重ねで、それを描いていく――これが「金八6」のコンセプトなんじゃないでしょうか。まあ、ドラマだから、何らかの大事件は起きると思いますが、基本的には小さなエピソードが続くと予想してます。次週予告では、直にも政則にも、小さな展開がありそうです。(^^)

 殺人やトランスジェンダーは包装紙?

今回の「金八」は、レイプ殺人とかトランスジェンダー疑惑など、一見派手そうな話題が並んでいますが、こういうのは包装紙みたいなもので、中心的なテーマではないと思います。レイプ殺人の経緯に関しては不明な部分も多いのですが、基本的には桜中学の外部で起きた事件だし、金八や3年B組が事件そのものに関与する余地はあまりないと思います。トランスジェンダーにしたって、消えたり治ったりするようなものじゃないから、ストーリー的には直と3B生徒との人間関係が中心になると思います。

直と政則の問題というのは、つきつめれば人間関係〜友情という、とても地味な問題に行き着きます。今回の「金八」は、地味なテーマを派手な包装紙で包んでいるに過ぎないんだと思います。人間関係の部分が少しずつ展開していることは、上に書いたとおりです。だから、「内容が過激すぎる」などと騒いでいる人を見ていると、包装紙の中身がちゃんと見えているんだろうか? ……などと疑問に思ってしまいます。(ちょっとイヤミな書き方?)(^_-)

問題といえば、「トランスジェンダーをどう描くのか」というのも問題になっているみたいです。とはいえ、ボク自身はこの話題にはあまり興味がわきません。(^_-) トランスジェンダーというのは、「日本人」とか「中学生」というのと同じ集合概念にすぎないからです。しかし、鶴本直はトランスジェンダーである前に、鶴本直という固有の人格として存在しているハズです。

トランスジェンダーの問題に深入りしすぎると、直のキャラクターが平板になってしまうんじゃないかと、心配になります。「話がしたい」というのは、トランスジェンダー特有の欲望じゃないワケだし、ボクとしては、直の問題がトランスジェンダーの問題に置き換わったりしないことを望みます。ボクが見たいのは「トランスジェンダーの生き方」じゃなくて「直がどう生きていくか」なんですから。(^_^)


01/11/24  つま恋

脚本:井沢満
演出:片岡敬司
プロデュース:土屋秀夫
関東放送枠:NHK・土曜9:00〜10:30

この秋の芸術祭参加作品ですが、ボクが見た範囲では「長良川巡礼」(NHK・10/13)以外はどれもイマイチという印象です。「がんばらない」(TBS・11/19)とかも“がんばって”見たんですけど、タイトル通りがんばらなくても良かったような……。(笑)

で、一番期待していたのがこの「つま恋」だったのですが、「長良川…」には負けるけど、片岡敬司さんらしい作品だったと思います。片岡さんはアイドルドラマ的なセンスの持ち主ですが、このドラマでも松坂慶子と大杉漣が妙に色っぽくて、中年アイドルドラマみたいな印象を受けました。ネパールで大杉漣が泣き崩れるシーンなども、トレンディ〜恋愛ドラマっぽい演出で、特に音楽の使い方が扇情的というか、「泣かせてやるぞ〜」という感じでした。(^^ゞ

細かい遊びも多くて、松坂慶子のアップでは「お水の花道」でおなじみの“目玉に星”をパクっていたし、色照明がやたらと多いところは「昔の男」などの民放ドラマを連想しました。今年の3月にやった「介護ビジネス」(主演:松坂慶子)も片岡さんの演出でしたが、そこでも「美味しんぼ」みたいなシーンがありました。民放っぽいというのも片岡さんの特徴だといえるかもしれません。(^^ゞ

若手俳優では、筒井道隆、加藤晴彦、田畑智子らが出演していましたが、出番が少なかったせいか、イマイチ印象が薄かったのが残念です。まあ、加藤晴彦は泣くシーンがあったからまだマシなんですが、田畑智子などは、これといった見せ場もないまま終わっちゃいました。筒井道隆も行きずりで松坂慶子とセックスしちゃうようなキャラには見えなかったです。まあ、全体的にエピソードを詰め込みすぎている感じがしました。同じことは「がんばらない」にも言えるわけで、大型単発ドラマにありがちな傾向ではあるんですけど……。(^^ゞ


01/11/27  さよなら、小津先生(8)

演出:平野眞(1)(2)(4)(6)(8)、河野圭太(3)(5)(7)(9)

思いつめた勝地涼が、カトケン(ユースケ・サンタマリア)の家を訪れて呼び鈴を鳴らしたが留守だった――というエピソードは、「金八先生」第3話に出てきた信太のエピソードにソックリです。両者のタイムラグは5週間だから、「金八」からパクった可能性もありそうです。(^^ゞ 第5話のクライマックスに出てきた忍成修吾のシーンが、兼末健次郎っぽいことは前回の日誌にも書きましたが、君塚良一さんは「金八」をチェックしているのでしょうか?(^^ゞ

ラスト近くの別れ際のシーンで、忍成修吾が「調子にのって熱血先生になるなよ」と言っていましたが、こういう“一言多い”ところは「FLY」(NHK・00/05/09〜)の時のキャラに通じるものを感じます。(^^) 忍成修吾はちょっと饒舌な方が、無口な森山未來との対比が明確になるような気もします。もうすぐ最終回なんですけどね……。(^_-) それから、教師っぽくなるのが恥ずかしいというのは、小津先生らしいエロチックな感覚ですね。(^^ゞ


01/11/29  3年B組金八先生(8)

演出:福澤克雄(1)(3)(6)(8)、生野慈朗(2)、三城真一(4)(7)、加藤新(5)(9)

 おそるべしっっっ鶴本さん???

メール攻撃の次は、なんとFAX攻撃でした。鶴本直(上戸彩)って間接的なコミュニケーションが得意技なんでしょうか? その一方で、直接的なコミュニケーションになると急にブッキラボーになるところも渋いです。直美(鈴田林沙)に対しても、信太(辻本祐樹)に対しても、面と向かうとドライな対応になってしまうのが、直の基本的な行動パターンです。こうした緻密なキャラ設定を見ていると、直のキャラクターがトランスジェンダーという概念の範疇を超えている――という印象が強くなります。(^^)

それにしても、筆跡だけで直だと見破ってしまう直美もスゴイですが、電話報告だけで直にアタリをつける金八はもっとスゴイです。兼末健次郎の悪を見抜いた眼力は今も健在のようです。しかも授業中に、カマをかけるようにして、直のリアクションをチェックするところなんて古畑任三郎もビックリの高等テクニックでした。(^^) 金八は言葉を使わないで、ボディランゲージでこっそりと感謝の意を伝えていましたが、こういうところにも金八のエロチックな教育術(?)を見出せます。ちなみに、これが金八と直の初コミュニケーション(一対一)に当たります。(^^)

この授業シーンでは、直の表情演技にも磨きがかかっていました。金八がFAXの話をしたときのウザそうな表情、金八の合図に気付いた後の嬉しそうな表情、賢(加藤成亮)をにらみつける(?)表情など……。この他のシーンでも、直美から電話がかかってきて、FAXのことがバレたときのオロオロした表情など、第8話の直は印象的な表情が多かったです。先週もそうですが、ニュアンス過剰にならないところが良いですね。(^o^)

で、次はhaseken問題。(^^) 直の2通目のメールに書いてある「返事をくれたのは君だけだった」というのは大嘘もいいところなんですが、“自分たちの関係は特別”というエロチックな(運命的な)感覚を相手に植えつけることに成功しています。かなり狡猾な手口です。おそるべしっっっ!(笑) 先週は冷たかった賢も、2通目のメールには参ってしまったようで、この2人の関係は完全に野島伸司の「すてきな片想い」状態になりました。賢に裏の顔があるのかどうかは微妙ですが、今後は、メールを通じて賢の内面が描かれるのかもしれません。ホントにホントにエロチックなドラマですね〜。(^^ゞ

【注】
“鶴本”というのは、公式サイトの「関係者BBS」における上戸彩のハンドルネームです。たぶん。(^^ゞ

 大げさなBGMの意図は?

第8話では、上記以外にも一対一の関係がたくさん登場しました。直&信太もそうですが、政則(東新良和)&美紀(森田このみ)の対立とか、政則の赤嶺繭子(佐藤めぐみ)に対する恋心(?)とか、笹岡あかね(平愛梨)の直に対する嫉妬などです。特に繭子の場合、これまでは美人であること以外にあまり存在感が感じられなかったのですが、これを機に重要キャラになってしまいそうです。政則の姉にソックリだったというオチにもビックリです。(^^) 儀(斉藤祥太)の場合は一対一の関係性が生じていませんが、金八と一対一の関係になるのでしょうか。

終盤は幸作(佐野泰臣)〜旧3Bのエピソードがメインでしたが、BGMが大げさだったような気がします。健次郎の登場シーンで、健次郎のテーマ曲が流れていましたが、あの曲はせつないシーンでおなじみの曲だったので、そうじゃないシーンで流れると違和感を感じます。同じことは、その次に流れた「アメージング・グレース」にも言えることで、いくらなんでも幸作のハゲ頭で「アメージング・グレース」はないだろうと思います。(^^ゞ 一連のシーンは、もっとホノボノとしたタッチで良かったような気がするのですが、どうしてこんなに扇情的になってしまったのでしょうか。

理由として考えられるのは、今回の「金八」はカタルシスが少ないので、盛り上がるシーンがほしかった――ということです。金八の説教には「水戸黄門」的なカタルシス効果があります。第6話の冒頭で金八と校長が口論になるシーンがありましたが、あのシーンを見てスッキリするような人は、「金八」的なカタルシス効果に対して陽性です。校長との口論の内容自体は、一般人の日常会話のレベルと大差がないし、新味もないのですが、それでもスッキリしてしまうところは「水戸黄門」にそっくりです。(^^ゞ

今回の「金八6」は、金八先生がボヤボヤしているせいもあって、一対一の人間関係描写が中心です。熱い説教は、第4話に出てきた幸作を説得するシーンくらいでしょうか。こうした傾向を一言でまとめるなら、カタルシス(説教シーン)が減ってエロス(人間関係描写)が増えたということになります。ボク自身はこうした変化に肯定的ですが、そうではない視聴者だって少なからずいるはずなので、制作サイドとしては、4週間ぶりに盛り上がるシーンがほしかったのかもしれません。――あくまでも邪推なんですけどね。(^^;;

 今回の「金八」は大河ドラマ的?

今回のシリーズに対しては、「問題がてんこ盛り」とか「テーマを織り込みすぎ」という声をよく見かけます。こうした反応の原因は、一話完結のスタイルを放棄して、解決を先送りしている点にあります。過去のシリーズと比較して、問題の数や量が増えているわけではないと思います。

たとえば、信太の家庭問題なんて、一話完結方式だったら1週で終わっちゃうかもしれません。しかし、悩みを抱えた信太だからこそ、直との関係性にも深みが生じるわけで、解決を先送りすることは、信太のキャラに厚みを持たせることにつながります。別の見方をするなら、問題を抱えることがイコール各生徒の個性になっているともいえます。

しかし、多くのエピソードが同時並行的に進んでいくという展開には、視聴者の心理的な負担を大きくするという問題があります。今回の「金八」は、主要な生徒の顔と背景をきちんと把握していないと、人間関係の微妙な彩が楽しめない可能性があります。直〜賢〜あかねをめぐる人間関係などは特にそうです。

ちなみに、チューなんて、儀にカツアゲされている(第1話)はずなのに、金八はそのことを忘れちゃってるみたいだし、多くの視聴者も忘れちゃってるかもしれません。(^^) しかし、そのことを押さえておかないと、第4話の非常ベル騒動の真相も理解できないでしょう。あれは事故じゃなくて、チューと儀による計画的な犯行です。

こうした観点から見るなら、今回の「金八」は大河ドラマに似ているような気がします。――たとえば、ボクみたいな歴史音痴が大河ドラマを見ると、登場人物の多さに頭がパンクしてしまいます。多分、歴史に詳しい人なら、名前を見ただけでその人物の背景がパッとわかるのだと思います。ところが、ボクみたいに「淀君の父親は誰か?」と聞かれても答えられないような人は、歴史の勉強をしながら見ないと、ドラマの細部を理解することができません。(^^;;

昨年放送された「葵・徳川三代」の第1話は関ケ原の合戦のダイジェストでしたが、登場人物の背景がまったく分からないボクには、退屈なドラマでした。(^^;; これと同じ現象が「金八」に生じる可能性があります。ボクみたいに、座席表で各生徒の名前をチェックしているような視聴者は、そんなに多くないはずです。(^^ゞ


01/11/30  嫉妬の香り(8)

企画:辻仁成、LVMH
脚本:吉田玲子(1)(2)(5)(6)(7)、後藤法子(3)(4)(8)
演出:佐藤嗣麻子(1)(2)(5)(7)、塚本連平(3)(4)(6)(8)、日比野朗(9)

 下世話なのに上品?

このドラマは“(データのみ)”でパスする予定だったのですが、塚本連平さんが演出した3〜4話あたりから、仰々しいB級テイストが激増してしまったため、“裏ベスト”的な存在になってしまいました。(^^ゞ というワケで、日誌にも取り上げることにします。

ストーリー展開がド派手で、1時間の間に修羅場が休みなく登場するところとか、BGMが大げさなところなど、笑いどころはたくさんあるのですが、その一方で上品な要素を残しているところが渋いです。内装・小物・ファッションなどがオシャレなのは、TV雑誌などに紹介されていますが、その他にも注目したい要素がたくさんあります。

たとえば、映像やカメラワークは日テレ土曜9時枠みたいです。手持ち撮影〜広角レンズ系の接写映像の多用とか、派手なカラー処理などは、明らかに下山天版「金田一少年の事件簿」を意識しているし、「魔術列車殺人事件」(01/03/24)に出てきた大広間のシーンと、同じようなカメラワークのシーンもありました。(第6話くらいに出てきた合宿の食事シーン)

また、ド派手なBGMも、ストリングス主体の昔風のスタイルですが、これも最近の流行りといえる傾向です。思いつく範囲でタイトルをあげてみると、福澤克雄さんの「世界で一番熱い夏」「3年B組金八先生」、黛りんたろうさんの「茉莉子」「五辨の椿」などです。

 夜の昼メロを目指す辻仁成

物語の前半はコワイ女の活躍が目立ちましたが、それもネタ切れなのか、ここ数週間はアブない男の暴走ぶりが目立ちます。(^^ゞ 第8話ラストで、オダギリジョーが本上まなみの家の玄関先に登場するシーンでは、効果音で犬の鳴き声が流れていましたが、妙な期待感でワクワクしちゃいました。(^O^) ――女の嫉妬が理性的なのに対して、男の嫉妬が狂気になるというのは、シェイクスピア以来の伝統パターンなんでしょうか。(^_^;)

企画・原作の辻仁成は、ちょっと前の「テレパル」誌のインタビューで「目指すは“夜の昼メロ”」だと発言していましたが、それを読んで、彼のことをちょっと見直してしまいました。(^o^) 去年の「愛をください」で痛い思いをして以来、連ドラに関わる気持ちはなかったそうですが、今回はその時とはまったく違うスタンスで関わっているそうです。“餅は餅屋”ということで、脚本はプロの脚本家にまかせてしまい、辻仁成本人は、原作とは違うドラマ用のプロットを100通りくらい考えたとか。(^o^)

で、そのインタビューによれば、「テレビというエンターテインメントは、中途半端なことをしたら失敗する。文学的うんぬんとか、原作とは違うだのっていうのを言い出したら失敗する」そうです。これは「水曜日の情事」にも言えることなんですが、連ドラというのは、文学性とかメッセージ性とかを排除してしまった方が、面白くなりますね。(^o^) 「嫉妬の香り」の場合、一つの方向性で徹底しているところに、ある種の潔さを感じます。

話は変わりますが、レイプされた女性の中には、「セックスなんてたいしたことではない」と思い込もうとして不特定多数の男性と性交渉に及ぶ――というケースがあるそうです。今回の辻仁成を見ていると、そんなことを連想してしまったりします。(^_^;) テレビに対するトラウマを、今回のドラマを通じて治療しているようにも見えます。――ところで、辻仁成の読み方ですが、作家・詩人のときが“ひとなり”で、ミュージシャン・映画監督のときは“じんせい”と読むそうです。……だとすると、今回は“じんせい”の方なんでしょうか。


01/11/30  10〜11月の単発ドラマ

▼▼10/13「土曜特集・長良川巡礼」(NHK名古屋)
いまさらではあるのですが、独立項目で日誌を書いたので、そちらを見てください。m(__)m

▼▼10/20「土曜特集・42歳の修学旅行」(NHK・NHKエンタープライズ21)
オールロケで撮影されていたみたいですが、断片的にチラチラ見ただけなんで、特に書くことはありません。演出の木村隆文さんは、「双子探偵」でセカンドDを務めていた人です。脚本は清水有生さん。

▼▼11/3「鬼子母神」(テレ朝・共テレ)
制作が共テレで演出が西谷弘さんだったので、ちょっと見てしまいました。七瀬なつみの正体が明かされる屋上のシーンでは、白いシーツがいっぱい干してあって、それが映像的なアクセントとして効果的に使われていました。西谷さんはCMディレクター出身だそうですが、今回のシーツなんかは、CM映像的な発想ですね。それ以外でも、西谷さんらしいカッコ良い映像がいくつかありました。物語には新味を感じませんでした。ところで、黒木瞳の娘役の女の子が良い感じだったのですが、名前を忘れてしまいました。(^^ゞ

▼▼11/10「聖徳太子」(NHK大阪)
“NHK大阪新放送会館完成記念ドラマ”だそうで、年末には早くも再放送されるみたいですが、第2部だけ見ればOKなんじゃないでしょうか。(^_^;) 第1部は歴史の勉強をしているみたいでかったるかったです。ところが、第2部に入ると、聖徳太子(本木雅弘)の理想的な平和主義と、蘇我馬子(緒形挙)の現実的な暴力主義との対立が明瞭になってきて、池端俊策さんらしい重厚な人間ドラマになりました。演出は佐藤幹夫さん。時代物の演出については良くわかりませんが、本木&緒形の演技には迫力を感じました。(^^ゞ

▼▼11/19「がんばらない」(TBS・BS-i)
物語のベースになった病院には興味がありますが、ドラマそのものには魅力を感じませんでした。脚本も演出も舌足らずな印象で、これだったらドラマじゃなくてドキュメンタリーにした方が良かったんじゃないかと思いました。脚本は関根俊夫さん。演出はTBSのベテラン和田旭さん。

▼▼11/20「夏の王様〜広島・佐木島」(NHK広島)
脚本も演出も何をやりたいのか、ボクにはさっぱり分かりませんでした。(^_^;) あきらめないことは良いことだ――みたいな、小学生向けの道徳ドラマを見せられたような気分です。(^^ゞ 演出の山本敏彦さんの名前を見るのは今回が初めてだと思います。脚本は宮村優子さん。

▼▼11/23「僕はあした十八になる」(NHK)
高度経済成長期の青春ドラマを、そのまま再現したようなドラマで、「アーカイブス」を見ているような気分になりました。上京・安アパート・妊娠・同棲・三ノ輪・都電・電気屋……など、昭和40年代を象徴するようなキーワードばかりが目に付きます。(^_^;) そういえば、伊藤淳史の顔も昭和40年代風かも。(^_-) 今を描きたいのか、過去を描きたいのか、それとも普遍的な青春を描きたいのか……、その辺がハッキリしないドラマですね。脚本は「月はどっちに出ている」の鄭義信さん。演出の落合将さんは最近では「ズッコケ三人組3」を手がけていた人ですが、特に印象に残る部分はありませんでした。

▼▼11/26「凍える牙」(NHK)
まだ見てません。m(__)m 演出は猪崎宣昭さん。

▼▼11/27「コウノトリなぜ紅い」(NHK・NHKエンタープライズ21)
演出の笠浦友愛さんと撮影の藤田浩久さんは「トトの世界」と同じコンビですが、荒唐無稽な解決編と、視神経が疲れるカメラワークだけが印象に残りました。(-_-;) これって、芸術祭参加作品らしいのですが……??? (^_^;)

▼▼11/28「茉莉子」(NHK)
見たのは後半部分だけなのですが、ストーリーはいまひとつピンときませんでした。(^^) 新山千春の妖しい色気と、一柳慧さんのレトロっぽい音楽が印象に残りました。演出は黛りんたろうさん。

▼▼11/30「太陽にほえろ!2001」(日テレ・中京テレビ)
村田忍さんが演出したドラマで面白いと思ったことはあまりありません。(^_^;) このドラマも「チャンネルを換えちゃおうかな……」などと思ってたら、皇室報道に切り替わっちゃいました。(笑) 結局、後半部分は放送されなかったようですが、日テレの編成はずいぶん過激なことしますね。ドラマ関係者にお悔やみ(?)申しあげます。m(__)m


01/12/01  青と白で水色

脚本:桜井剛(シナリオ登龍門2001)
演出:高橋直治
プロデューサー:大野哲哉
演出補:小笠原直樹
プロデューサー補:鈴木香織
出演:宮崎あおい、小西真奈美、小栗旬、蒼井優etc
関東放送枠:日テレ・土曜13:35〜14:30

 集中しづらいドラマ

別に、皇室報道に熱中していたわけではないのですが、このドラマのことをうっかり忘れてしまい、前半の20分を見逃してしまいました。(;O;)

後半35分の印象のみで言わせてもらうなら、土曜日の昼間に見るような番組じゃないと思いました。(^_-) 画面が暗くて、誰が映ってるんだかよく見えないし、セリフはボソボソ系でテンポ感がゼロだから、映画館みたいな密閉空間で見ないと、ドラマの世界に集中できません。まあ、途中から見始めたボクにも原因があるのですが、それにしたって、かなりとっつきにくい作品です。物語にも登場人物にも感情移入できないまま終わってしまいました。(-_-;)

今年の3月にフジで放送された「学校の怪談」というオムニバスに、黒沢清さんの作品(「トイレの花子さん」)があったのですが、それに近い印象も受けました。イジメの世界をホラータッチで撮るというのが、今回のドラマのコンセプトだったのかもしれません。ただし、クライマックスシーンで湿っぽいBGMが流れてきたりしたので、黒沢作品のようなドライな統一感はありません。また、森田童子の「たとえば僕が死んだら」の歌詞が、テロップで画面に出てくるところも野暮ったかったです。「いったい誰が演出してるんだろう?」なんて思ってラストのクレジットを見たら、高橋直治さんだったので、ちょっとショックでした。(^^ゞ

 高橋直治さんと大野哲哉さん

高橋直治さんはNHK「中学生日記」出身の演出家で、最近では深夜ドラマ枠“shin-D”で「六本木野獣会」(01/07/09参照)や「Ready Made」(2001年9月)といった力作を手がけています。「Ready Made」の方は日誌に取り上げていませんが、高橋さんが演出した第2話と第4話はクオリティが高かったです。

一方、同作品で第1話と第3話を演出していたのが大野哲哉さんで、今回の「青と白で水色」ではプロデューサーを務めています。大野さんは2月に“shin-D”で放送された「Ryo〜恋の季節」でも、プロデュース&チーフ演出を務めていて、その時はこの日誌でも大絶賛した覚えがあります。ただし、「Ready Made」の1・3話はイマイチだったと思います。(^^ゞ

何が言いたいのかというと、高橋さんと大野さんというのは、ボクにとっては豪華な組み合わせなので、今回のドラマの悪印象にショックを受けた――という話です。(^^ゞ

しかたないので(?)、録画した後半35分をていねいに見直してみました。そうしたら、よくわからなかった物語設定も少しずつわかってきて、宮崎あおいと小栗旬のシーンなどは面白く見れるようになったりしました。工業地帯っぽいロケーションにも新鮮味を感じました。……とはいっても、全体としてはスッキリとしない印象に変わりはなくて、脚本の意図と演出の意図が合っているのかどうかも判然としません。(-_-;)

ところで、撮影協力にクレジットされていた足立新田高校は「金八」の撮影でもおなじみの高校です。たしか、伊集院光の母校だったような記憶があります。(^^ゞ


01/12/06  3年B組金八先生(9)

演出:福澤克雄(1)(3)(6)(8)(11)、生野慈朗(2)、三城真一(4)(7)(10)、加藤新(5)(9)

 初出のロケ地やセットがたくさん

加藤新さんが担当するのはこれで2回目。前回の第5話と比べるとかなり入念なカット割りになっていて、生徒たちの細かいニュアンスなども細かく拾っていたようです。オープニングは、学校の下駄箱のシーンでしたが、第9話には、これ以外でも初めて見るロケーションやセットがたくさんありました。

たとえば、美由紀(高松いく)をハンバーガーショップに呼び出して面談するシーンがありましたが、通常だったら保健室で面談してもおかしくないシーンだと思います。あえて、ロケにしたのは加藤Dの意向だったのでしょうか。今回のモスバーガーの場合、窓の外側に電車の高架線が見える――というのが、ロケ地選定のポイントだったのでしょう。これは、儀(斉藤祥太)のエピソードが中心になる後半部に顕著なんですが、下町っぽい狭苦しい雰囲気を出すことにかなり神経を使っていたようです。儀のアパートの外側のロケーションとかもそうです。

また、セットやロケ地ではありませんが、冒頭の教室のシーンで、めずらしいアングルがありました。美由紀の出席をとった後に挿入される金八のアップです。美由紀の肩越しに望遠レンズで覗き込むようなショットでしたが、「金八」では滅多に登場しないアングルだと思います。――こういうところにも、加藤Dの創意工夫が感じられます。(^^)

 「東芝日曜劇場」みたいなテイスト

前半は三者面談と直&賢のエピソードが中心。悪くはないのですが、先週に比べると色気不足という感じもしました。また、政則(東新良和)の台詞回しが、いつもよりスラスラ〜ハキハキしていたので、ちょっと違和感がありました。金八・小田切(深江卓次)・小林(黒川恭佑)によるドタバタでも、小林の芸風が遠藤(山崎銀之丞)とソックリなのが気になりました。なお、直の「やっかい者」発言は、haseken宛てのメールに出てきた「おジャマ虫」に呼応しているみたいです。

後半に入ると儀のエピソードがメインになるのですが、加藤さんは下町人情風の演出が得意なのか、前半部よりも気持ちよく見れてしまいました。特に儀の父親の包丁がピタッと止まるシーンなど、お芝居やカット割りに適度な緊張感があったのが渋かったです。また、金八&乙女による居酒屋のシーンで集団就職の記録映像を挿入するところにも、従来とは違う新しいセンスを感じます。

最後の方に出てきた、儀と父親の気まずそうな光景もいい感じでした。父親に背中を向けて横になっている儀の顔アップが出てきて、顔の向こう側に父親の姿が映っている――というのは、下町人情ドラマの定番といえるような構図です。儀のシーンが続く後半部には、往年の「東芝日曜劇場」を連想させる雰囲気があったように思います。若い加藤Dが「東芝日曜劇場」のファンだった可能性は低いと思いますが、今後も下町人情テイストに注目してみたいです。(~_~)


01/12/12  水曜日の情事(10)

演出:永山耕三(1)(2)(5)(6)(11)、西浦正記(3)(4)(7)(8)(10)、成田岳(9)

 西浦正記さんは、今もっとも注目の演出家

このドラマを見ながら、「かっちょえ〜!」などと騒いでいる視聴者はボクだけかもしれません。(^^ゞ それでも、西浦正記さんの演出については一言書いておきたいと思います。「ムコ殿」のときもそうでしたが、西浦さんの演出した回には、他のDの回にはない才気が漂っています。今もっともチーフ演出が期待される演出家は? と聞かれたら、ボクは西浦さんだと答えたいです。(^^)

細かく指摘していくと文章量が多くなりそうなので控えますが、この第10話も、最後の担当回だからか、気合いの入ったアイデアがぎっしり詰まっていました。たとえば、原田泰造が伊東美咲のマンションに駆けつけるシーンは、「沙粧妙子」みたいなスタイリッシュなカット割りだったし、その後のベッドシーンでも、伊東美咲の色っぽさが尋常じゃなかったです。(^^ゞ 伊東美咲って、根人的にはそんなに好きな女優でもなかったんですが、今回は目から鱗が落ちる思いがしました。特に、伊東美咲が原田泰造の顔を覗き込むようにしてしゃべっているところを、原田の横顔越しに捕らえたショットが印象的です。

この他にも、本木雅弘と天海祐希が玄関の戸を閉めたまま会話するシーンとか、本屋さんのシーンとか、ラストに登場する石田ひかりの不気味な笑顔など、かっこいいカメラワークやカット割りがバンバン出てきました。また、初デートのことを思い出した天海祐希が時計を見るシーンで、時計を映すカットがパンしてたりするところも、芸が細かいと思います。天海祐希が部屋を飛び出した後に登場する、赤ん坊が拍手するカットも渋いです。こういうのは台本に書いてないと思うので、西浦さんのアイデアなんだと思います。

――この話題に反応してくれる人は、一人もいないような気がしますが、西浦正記さんの名前は覚えておいて損はないと思います。(^_^;)


01/12/12  ハンドク!!!(10)[終]

演出:堤幸彦(1)(2)(5)(6)(8)(9)(10)、金子文紀(3)(4)(7)

 堤さんはインパクト系の演出家?

ラスト3話で、ハードタッチな展開になるところは「ケイゾク」や「池袋…」と同じですが、ラス前の回が一番面白いところも「ケイゾク」とソックリです。(^^) とはいえ、「ケイゾク」の時のような衝撃は感じなかったし、最終回のストーリーは単純に、蛇足なんじゃないかという気もします。(^^) ――しかし、そんなことをグダグダ書いても面白くないので、ラスト3話を見て考えたことを、簡単にまとめておくことにします。堤幸彦さんと金子文紀さんの違いについてです。

堤さんが演出したラスト3話に顕著なのは、劇画的な迫力〜インパクトですが、金子さんが演出した3・4・7話に濃厚なのは、人間ドラマ(人情劇?)的な情感〜ニュアンスだったと思います。要するに堤さんはニュアンス系の演出よりもインパクト系の演出の方が得意なのかなぁ……というのが、「ハンドク!!!」を見終わった現在の印象です。たとえば、二宮和也が移植のことを少年にバラすシーン(第8話)では、二宮和也の姿は完全にシルエット状態でまったく顔が見えませんでした。カッコ良い演出だとは思いますが、こういうのはサスペンス〜ホラー的な演出ですよねぇ? また、その二宮和也が息をひきとるシーン(第9話)もスポ根みたいな演出だと思いました。(^^ゞ

よく考えてみたら、ボクは「金田一少年の事件簿」の時も、日誌で同じような感想を書いています。(^^ゞ 堤幸彦&堂本剛版「金田一」がインパクト重視だったのに対して、下山天&松本潤版「金田一」はニュアンス重視(インパクト不足)だと。(^o^) (01/07/14〜21参照)

 堤さんは「ちゅらさん」ファン?

ところで、堤さんはオフィスクレッシェンドの公式サイト上の日誌で、狭間一番らのキャラクターと別れるのが寂しい、と書いていますが、岡田惠和さんもエッセイ集か何かで、まったく同じことを書いていたことがあります。だとすると、以下のような疑惑(?)が浮かび上がります。堤さんは実は「ちゅらさん」の隠れファンで、「ハンドク!!!」も「ちゅらさん」みたいなテイストにしたかったのではないか?……と。そう考えると、蛇足っぽい最終回も「ちゅらさん」的かもしれない……なんて思えてきます。(笑)

ちなみに、過去の堤ドラマの中でもっとも「ちゅらさん」に近い作品は何だと思いますか? ボクは「トリック」だと思います。というわけで、来年は「ちゅらさん」を意識しながら「トリック2」を見てしまいそうです。(^o^)


01/12/13  3年B組金八先生(10)

演出:福澤克雄(1)(3)(6)(8)(11)、生野慈朗(2)、三城真一(4)(7)(10)、加藤新(5)(9)

 第10話は「白線流し」テイスト!?

この第10話の雰囲気、個人的にはかなり好きです。(^^) 「白線流し」に通じるような情感を感じたのはボクだけでしょうか? ボクが「白線」を連想してしまった最大の要因は、たぶんBGMの選曲にあります。「白線」の岩代太郎さんの音楽とメロディが似ているというワケではないのですが、雰囲気は「白線」によく似ています。

もちろん、似ているのは音楽だけではありません。個々のエピソードの描かれ方にも、「白線」や「L×I×V×E」の序盤に通じるものがありました。日常的な光景が反復しているように見えて、水面下では着実にドラマが進行している――という感覚です。ドラマチックな事件はほとんど起こらないのですが、各登場人物が、何かが始まることを予感しているようでした。実際、来週は大きな展開がありそうなんですが……。(^_-)

若干余談になりますが、たとえば、信太の家庭のシーンで「白線」の長瀬智也を連想してしまいました。この他でも、江藤直美(鈴田林沙)や笹岡あかね(平愛梨)の心の動きは、酒井美紀っぽく見えなくもありません。だとすると、鶴本直の苛立ちは馬渕英里何になるんでしょうか? これはちょっと強引ですね。(^^) いずれにしても、重要なのは登場人物の類似点じゃなくてドラマ全体の雰囲気です。余談お終い。(^^ゞ

しかし、警察が儀の部屋に踏み込むシーンだけは辛かったです。(>_<) 警察官の悪態ぶりや、儀の暴れ方が安っぽすぎて、せっかくの「白線」的な情感がブチ壊しになってしまいました。このシーンの警察官は「水戸黄門」の悪代官みたいな演出になっていましたが、どうしてそんな風にしてしまったのか理解に苦しみます。政則の回想シーンみたいにドラマチックにするか、逆にもっと穏やかなトーンにまとめるかの、どっちかにしてほしかったです。――余談ですが、公式サイトのBBSに、警察官の家族からの苦情が寄せられていました。実際の警察官は家宅捜索の後、ちゃんと後片付けをしているそうです。(^^ゞ

ついでに言うと、金八が儀の頭を叩いて親の表情を見せるシーンも、ビデオで見直したらカット割りやお芝居が野暮ったく感じられました。小山内美江子さんらしい良いシーンなんですけど、たとえば、儀が金八に叩かれるのを待っているのが不自然に見えます。

 上戸彩は、市販ビデオよりも「金八」!?

とはいっても、三城Dの演出も磨きがかかってきたみたいで、全体的に福澤テイストが濃厚な仕上がりになっていました。賢とあかねが笛を吹いているシーンのカット割りなどは、福澤さんっぽかったです。各生徒の表情を追っているだけでなく、要所要所でインパクトの強いカットがバ〜ンと挿入されていたので、シーン全体に緊張感がありました。特に、賢の肩越しに直を捕らえた望遠系のショットが印象に残っています。

また、下校シーンで直が、信太と女の子に目をやるカットがありましたが、そこだけスローモーションになっているところも福澤さんらしい演出です。こうして福澤スタイルに近づくことが良いことなのかどうかは一概に言えませんが、現時点では悪くないと思います。

さて、先週の直はいまいち色気不足な感じでしたが、その反動なのか、今週は色気の範疇を超えてしまいそうなシーンがたくさんありました。(^o^) 制服を着替えるシーンとか、胸を布で締め上げるシーンなどは、シリアスなのかスケベ(?)なのかよく分かりませんが、映像的な完成度は高かったと思います。シリアスとエッチの両立を目指したのでしょうか? 

カメラを横方向にスライドさせて、サンドバッグやパソコンで軽い“シャッター効果”を生み出しているところも渋かったです。画面の中にサンドバッグやパソコンが入りこんできて、直の姿が見えなくなるのですが、これが映像上のメリハリを生んでいました。渋いといえば、ピアノを弾く前に見せる表情も味わい深いし、鍵盤に乗せた手がまた色っぽい……。(^_^;) たぶん、市販されている上戸彩のビデオ(フジテレビ)よりも、「金八」第10話の方が見ごたえがありそうな気がします。

ドラマの後半では、直とあかねが川岸で話すシーンが印象的でした。オレンジ色の夕陽は福澤Dの得意技(?)ですが、あかねを映した望遠系アップの使い方もオシャレでした。ちなみに、カメラワークに興味があって、この日の録画ビデオがある人は、あかねが「賢とは幼稚園からの幼なじみだ」という場面をチェックして見てください。カメラが、直を中心にして横に回り込むように移動しているのですが、移動しながら同時にズームインしているので、広角映像と望遠映像の違いがよく分かります。ズームインするにつれて、画角が狭くなって背景がぼやけてきます。(^^ゞ

 生徒役に対する思い入れの強さ

第10話は早朝のシーンから始まりましたが、第4話も早朝のシーンから始まっていたから、こういうところも三城Dの趣味なのかも知れません。また、三城Dの回では山田哲郎(太田佑一)がおいしくなることは、以前に書いた通りです。ただ、この第10話は、哲郎に限らず、三城Dの生徒役に対する思い入れの強さみたいなものが画面からよく伝わってきたように思います。幸作の病院シーンなどもそうです。

そういえば、ラストシーンの長澤一寿(増田貴久)のアップも、予想外の展開だっただけにドキッ!っとしてしまいました。(~_~;) 彼は今まであまり存在感のないキャラだったのですが、直・直美・一寿で新たな三角関係に発展するのでしょうか。彼は、オープニングの早朝シーンで、直美の家に新聞を配達していましたが、改めて見てみると、ちょっと挙動不審っぽいニュアンスがあります。

……というワケで、来週は久々に金八の熱弁が登場しそうです。教室での説教は、今シリーズではこれが初登場になります。(^^)


01/12/18  さよなら、小津先生(11)[終]

演出:平野眞(1)(2)(4)(6)(8)(10)(11)、河野圭太(3)(5)(7)(9)

 結局のところ「コーチ」の焼き直し?

ラスト2話は、演出よりも脚本〜作劇のことが気になりました。要するに、このドラマって、作劇の大枠は手垢にまみれた紋切り型だけど、細かい部分で工夫しているという構造なんですね。ひょっとしたら、視聴率がよければ、別の展開があったのかもしれませんが、こればっかりは君塚良一さんに聞かないとわかりません。(^^ゞ

たとえば、第10話で、小津先生が学校を辞める理由を言わないという展開はこの手のドラマの上等!!!……じゃなくて、常套パターン。ドラマ内ではそれなりに理由付けしていましたが、それでも子供っぽい行動だと思います。おかげで、小津先生の子供っぽい嘘にだまされてる生徒までバカっぽく見えてしまいました。小津先生の豹変に関して、生徒内でもっとディスカッションがあっても良いと思うのですが……。(-_-;) 

念のために書いておくと、このドラマにおける銀行と学校の関係は、「コーチ」における商社と缶詰工場とまったく同じです。記憶が曖昧なんですが、「コーチ」の終盤も今回の「小津先生」と同じだったような気がします。浅野温子が缶詰工場を守るために理由を言わないで商社に戻る――という展開でしたよね?

紋切り型といえば、商社や銀行が非情で、田舎の缶詰工場や落ちこぼれの学校に人情があるという構図もかなり紋切り型ですね。これに比べると、岡田惠和さんが「彼女たちの時代」で山本圭に“田舎批判”を言わせていたのがまぶしく見えます。(^^ゞ ……な〜んて、嫌みっぽいことを書いてしまいましたが、ついでにもう一言だけ書いちゃうと、ネット上でこのドラマを支持する人は比較的多いのですが、「コーチ」との類似点を指摘する人が(ボクが見た範囲で)まったくいないのが不思議です。(^_-)

 細部には工夫もあったのだけど……

このように大枠が紋切り型なのに対して、細部には工夫が見られました。たとえば、ユースケ・サンタマリアにだけ本当のことを打ち明けるというエピソード。この2人の間に一対一の関係(秘密)が成立することによって、「あんたなんかいらない!」という名場面(第10話)が生まれたわけです。「金八先生」でいえば、直&賢のアイコンタクトみたいなものですね。ちょっとエロチックでした。(^^ゞ 君塚さんが上手いのは、このあと追い打ちをかけるように、小日向文世との一対一関係を描いているところです。(^^ゞ ただし、「コーチ」にも同じようなエピソードがあったかもしれません。

最終回で、銀行の会議と試合の時間がバッティングするというも常套パターンです。ボクが予想したオチは、田村正和が大杉漣の待つ車のところに戻ると車はすでに発車していた――というものですが、半分正解というところでしょうか。最後に一條俊が改心しちゃうところも、「勝ったのは子供たちだ」というセリフも、予想の範囲内でしたが、渡辺いっけいが試合を中断させちゃうという部分だけはちょっと新鮮でした。(^^ゞ

というワケで、このドラマに対しては愛憎相半ばという感じでしょうか。ラストの主題歌を聞きながら、今週でお終いなのだと思うとちょっと寂しい気もしたんですが……、なんか食い足りないんですよね。忍成修吾や瀬戸朝香にしても、過去の出演ドラマと比較してみたとき、持ち味を十分に発揮していたとは思えなかったし……。(^^ゞ


01/12/20  3年B組金八先生(11)

演出:福澤克雄(1)(3)(6)(8)(11)(12)、生野慈朗(2)、三城真一(4)(7)(10)、加藤新(5)(9)

今回のシリーズは、年内最終回が2時間SPで、来年の一回目は通常枠でスタートするようです。年内最終回というのはLPの曲順でいえばA面ラストにあたります。CD世代の人は分からないかもしれませんが、A面の1〜2曲目がシングル向きの曲が多いのに対して、A面ラストというのは渋めの曲が収められるケースが多いです。パート5の年内最終回だった「短歌合評会」は、まさにそんな感じの渋い作品でした。今回の年内最終回は、2時間SPだったので全体的に派手めの仕上がりでした。――とは言っても、シングル的だった第1話や第3話ほどのインパクトは感じませんでした。それが良いことなのか悪いことなのかは判断が難しいところなんですが。(^^ゞ

第11話の最大の見せ場は、鶴本家のクリスマスを描いた一連のシーンでしょう。これらのシーンには確信犯と思われる不自然な要素がたくさんありました。わざわざダンスの途中で胸をわしづかみにしたり、千住の自宅まで走って帰ってしまったり、直の治療や症状が異常なくらいアッサリしていたり(割り箸が喉に刺さって死んだ少年がいましたね)――。こういう確信犯的な不自然さというのは、ドラマチックに盛り上げたいという意図の現れなんだと思いますが、政則の回想シーンなどと比べると、どこか物足りないです。

福澤Dといえば、刑事ドラマ〜アクション映画風の演出が印象深いですが、今回の演出は、夜の街を走っているシーンなども月9っぽくて、あまり福澤Dらしくない気がします。第1話の日誌にも書きましたが、やはり福澤Dは男子生徒の方が得意なのかもしれないです。まあ、直も心は男子生徒なんですが……。(笑) パート5の新春SPでは、好太(森雄介)の失禁シーンが強力でしたが、直に失禁シーンをやらせるわけにもいかないのでしょう。(^^ゞ

フォークを口の中に突き刺すシーンに関しては賛否両論があるようですが、ボクはこのシーンにも物足りなさを感じました。その理由について、この数日間考えていたのですが、どうやら母親との格闘シーンに原因があるみたいです。格闘の末にフォークを突き刺すという展開が安っぽいんです。直のキャラクターを考えたら、誰もいない自室で覚悟を決めてグサッと突き刺す方がシックリくるし、泣けるような気がします。


トップページに戻る